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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

法話や落語で優しい笑いを 出会う人はみんな師匠

滋賀県日野町・浄土宗雲迎寺 久志則行住職

落語の小道具を手に優しい笑いを目指す久志住職 落語の小道具を手に優しい笑いを目指す久志住職

滋賀県日野町で「さつき寺」として親しまれる浄土宗雲迎寺で、6年前から住職を務める久志則行氏は元落語家。現在は「てんご堂我楽」と名乗り、地域の公民館や全国の教区でネタを演じながら、皆が笑顔になる法話を行っている。

落語家を志したのは25歳の時。タレントとして活躍していた笑福亭鶴瓶氏に弟子入りし「瓶太」の名で芸の上達にいそしんだ。ほかの一門にも積極的に出向き、笑福亭の十八番以外のネタも多く教わった。特に、弟子を取らず、ほかの一門の弟子への指導も消極的だったという四代目桂文紅氏(1932~2005)に気に入られ、稽古をつけてもらった。

芸歴30年を目前にした2016年2月、「このままではいけない」と先行きに不安を感じ、落語家引退を決意した。だが辞めて何がしたいのか、何も決めていなかった。

引退前に決まっていた出演依頼に代役を付け断っていく中、幾度か出演した佐賀の寺の彼岸落語会で「瓶太さんでないと」と言われ、落語家として最後の仕事に向かった。鳥取県から法話で訪れていた師僧の池田正顕・浄土宗幸盛寺住職(当時)と出会った。仏道をセカンドライフにと考えたこともなかったが、池田住職には自然と僧侶になる方法を聞いていた。

自宅から幸盛寺に通って、まずは草むしりから寺務を手伝った。総本山知恩院で修行を重ね、19年に教師となった。

雲迎寺住職に就いたのは20年6月、コロナ禍のただ中だった。同寺は檀家が10軒。落語や講演などをこなしてやりくりするはずだった。仕方なく宅配便の集配所へアルバイトに出た。歳の離れた大学生の“先輩”にも丁寧に仕事を教わった。荷物の仕分けに2年間携わり、初めて来た土地ながら親しみが生まれた。

少し離れた小学校まで通学する児童たちに毎日付き添っている。地域の公民館では定期的な「お茶会」を通じて亡くなった人の思い出を傾聴した。芸の師匠である鶴瓶氏からの「自然とかわいげのある人になりなさい」という教えが自然と板についている。

「笑いとは共感できること」と、法話も落語も誰もが楽しめる優しい笑いを目指す。何事にもありがたいと思うことがモットー。これまでに出会った師匠や仲間たちと「有り得難い」縁に恵まれたと話す。「出会う人はみんな師匠です」

(伊賀明)

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