競馬会職員から神職に 神社と馬との縁つなぐ
東京都葛飾区・五方山熊野神社 千島俊司宮司
陰陽師・安倍晴明が勧請した神社として知られる東京都葛飾区の五方山熊野神社の千島俊司宮司は、JRA(日本中央競馬会)で働いていた経験を生かし、境内で3頭のポニーを神馬として育て、参拝者や地域の人々に動物との触れ合いの場を提供するとともに、運営する熊野幼稚園の園児の情操教育にも役立てている。
神馬のシェットランドポニーの「きらら号」、ミニチュアホースの「ちょこ号」、日本ポニーの「ばにら号」の3頭は、いずれも千島宮司と同じ北海道生まれ。境内西側に厩舎と、馬と遊べる「遊楽園」があり、馬のかわいい姿は参拝者の心を和ませ、園児たちは馬の世話をしたり遊んだりして動物との触れ合いの中から命の大切さなど多くのことを学んでいる。
3頭は神社の行事でも活躍し、秋の七五三では御祈祷を受けた子どもを乗せた馬車を引いて境内を巡る。大切な役目の一つで人気となっている。特に今年は干支の組み合わせが丙午の年で、年間を通して様々なイベントが企画されている。
千島宮司は社家や神社関係の生まれではなく、JRA出身という異色の存在で、熊野幼稚園園長を務める妻の淳子氏とは馬術の競技を通じて知り合い結婚した。淳子氏が熊野神社の大鳥居信史宮司(当時)の長女だったことで神職を志し、大阪國學院、國學院大で学び、神職資格を取得。大鳥居宮司が東京都千代田区の神田神社(神田明神)の宮司も務めていた関係から熊野神社と神田明神に奉職し、28年前に神馬として熊野神社にきらら号、さらに12年前には神田明神に神馬「あかり」(神幸号)を迎えた。馬によって結ばれた二人の縁が広がりを見せている。
かつて馬は神様の乗り物と考えられ、神社に馬を奉納し神馬として飼育してきた歴史があるが、現代では神社で世話をすることは難しく、本物の馬を置く神社は限られ、代わりに絵馬を奉納する習慣がほとんどとなっている。その中で千島宮司は、神馬の歴史を現代につなぐ貴重な役割を果たしている。
「私は生まれた時から近くに馬がいる環境でずっと馬と共に育ってきた。全く違った世界から神職となった私だが、その経験を生かし、これからも神社と馬の縁をつないでいくことができればと思っている」と話した。
(河合清治)










