誰でもなく
2018年10月、ロンドンのサザビーズ。104万2千㍀――。落札の槌音が響いた直後、場内は騒然とした。落札された絵画が、額縁に仕掛けられたシュレッダーで裁断され始めたからだ◆「少女と風船」と題されたその作品は、正体不明の芸術家、バンクシーによるものだった。シュレッダーの演出も自らの手によるという。所有や投機の対象と化したアートへの挑戦、痛烈な批判であった。バンクシーの神出鬼没な活動に通底するのは、徹底した匿名性と既存の価値観に対するアンチテーゼだろう◆今年3月、ロイター通信のニュースが世界中を駆け巡った。バンクシーの正体は英国出身のロビン・ガニンガム氏であるという。神秘のベールに包まれたバンクシーの魔法は、ついに解かれてしまうのか。バンクシー自身は依然、沈黙を貫いている◆そのさなかの4月30日、ロンドンにバンクシーの新作が出現した。壁画でなく彫像である。旗で顔を覆われたスーツ姿の人物が、今にも台座から足を踏み外さんとしている。その危うい姿は、盲目的な愛国心への皮肉だと目されている◆たとえベールの下の素顔が暴かれたとしても、社会が抱える矛盾とゆがみを描き出し、見る者の固定観念を揺さぶり続けるだろう。バンクシーはほかの誰でもない、バンクシー自身を演じ続ける。新作はその高らかな宣言のようにも映る。









