《宗教とAI➁》ブッダボットで変わる仏教(1/2ページ)
京都大人と社会の未来研究院准教授 亀山隆彦氏
筆者は日本仏教専門の仏教研究者だ。特に古代~中世の日本密教の実態解明を目標に研究を続けている。近年、その作業を通じて、ある理解に到った。それは日本仏教僧が高度な思想議論を構築する際、支えになる副次的言説を同時に展開したということである。例えば、密教僧の「身体論」である。
既に様々な媒体で論じたように、中世密教僧は古代中国医学を参照し、独自の身体論を形成した。確かに本論が東台両密の中核になり、広く宗内に広まった形跡はない。ただ、各種口伝や哲学書で「即事而真」「即身成仏」等、密教の高度な世界観が示される際には、この身体論が、直感的表現を可能とする「媒介」(ミディエーション)のような役割を担った。
無論、日本仏教だけ特別に媒介的存在を発展させたわけではない。インドを筆頭にアジア各地の仏教が長い歴史を通じて多様な「媒介物」(メディア)を生み、教えの発展と普及に努めてきた。本稿では、この仏教を支えた媒介と媒介物という視点から仏教的世界像における人工知能(AI)、具体的には「ブッダボット」と呼ばれる技術の意義について議論を進める。
改めてAIの近況を詳述する必要はないだろう。昨今の爆発的発展をうけて仏教界からも、その可能性と問題点をめぐって様々な提言がなされる。それらを踏まえた筆者の見解だが、AIは仏教の媒介にとって重要な意味を持つ。今後、AIが新たな「仏教メディア」を生み出していくと考える。
以下、議論の流れを確認する。まず仏教史上最大のメディア「仏像」を取り上げ、仏教史における媒介の意義を検討する。次にブッダボットの概要、開発の背景や構造を確認する。その上で、仏教メディアの視座からブッダボットの文化・思想史的意義を考える。
様々な研究が指摘するように、仏像は仏教本来の伝統ではない。少なくとも初期仏教の時点で仏の似姿を制作・崇拝する作法はなかった。そもそも仏陀は人間が暮らす欲望と物質の世界を超越した智慧者である。その仏陀を物で表現することは一種の冒涜である。そういった背景もあり、最古層の仏教美術では仏陀を直接描かず、各種象徴で代替する方法が発展した。
ただ仏教がインドからアジア各地に広がる過程で、伝統も徐々に変化する。まず北インド中心に仏像=仏陀の似姿を制作する作法が形成され、各地に普及していった。
ここで疑問が生じる。当時の仏教者は、なぜ禁忌を犯してまで仏像制作に踏み切ったのか。無論、複雑な背景があるのは間違いない。すべて一つの理由に集約させることは不可能だ。ただ無理を承知で断言すれば、もはや会うことのかなわない師との結びつきを求める心が、鍵であったと推測される。
仏陀との結びつきを求める心と仏像制作の関係を考える際、興味深い事例といえるのが、清凉寺(京都)所蔵の釈迦像である。インドから伝わったという像の起源、優塡王と呼ばれる人物を主役とする造像伝承が重要と考える。
優塡王は、古代インドのコーサンビーの国王である。伝承では、仏像制作は優塡王の深い仏陀信仰を基盤に始まった。ある時、仏陀は母に法を説くために天界に赴く。優塡王は、仏陀の不在を悲しみ病になる。そこで代替となる像を制作し献上したところ、王の病は即座に癒え、天界から戻った仏陀も、造像を慈悲深い行いと称えた。
もちろん、この荒唐無稽な伝承を事実と捉えることはできない。ただ仏教徒が造像を始めた契機、制作を公認し伝統化する過程を考える上で重要な情報源といえる。
その媒介機能に注目すれば、仏像は時間・空間両面で遠く隔たった師弟間の結びつきを回復する存在だった。結びつきの対象には既にこの世を去った仏陀も含まれる。まとめると、仏像は全仏教徒が共有する一つの願い、すなわち入滅した仏陀との結びつきを実現する強力なメディアそのものだった。
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