いのち巡る論議に一石 行政主導のベビーボックス(2月6日付)
不本意な妊娠などで親が育てられない赤ん坊を預託する「ベビーボックス」を大阪府泉佐野市が来年度にも開設する計画を進める。国内3例目で、課題も山積するが、「いのち」の保護を巡って社会に大きな一石を投じたと言える。
パイオニアとなった「こうのとりのゆりかご」の熊本・慈恵病院と、昨年3月に発足した東京・墨田の賛育会病院はいずれもキリスト教系であり、「目の前で危機にある生命に手を差し伸べる」という信仰的博愛精神が背景になっている。放置すれば遺棄されて死亡しかねない乳児と困難な状況にある母親を守るための“緊急避難的”措置として、これまで多数の預託例があった。
いずれも、一部から非難が出たような「子棄てを助長する」という状況は見られず、今回計画を発表した泉佐野市長は、子供が社会で健やかに育つ権利を定めた市の条例に沿って、「様々な子育て施策を検討する中、命を守る上で重要だと考えた」と強調している。
ただ、積極的法的根拠のないベビーボックスを行政主導で設置することにはいろんな課題がある。運営には医療設備が不可欠で、市内の公的総合病院での運営を想定しており、先般、市と病院関係者で慈恵病院を視察した。受け入れた乳幼児を管轄する児童相談所との実際的な連携も必要になる。
また、必ずしも同市民が受益者ではない施策に市の税金を投じることの問題点もある。報道によれば、市は相当な金額に上るふるさと納税による寄付も活用する方針というが、微妙なところだろう。
だが、熊本の「ゆりかご」には遠く首都圏や関西からも孤立出産で困窮した母親が訪れる。先行2施設とも事前の救済措置である「内密出産」や出生後の特別養子縁組に力を入れており、それらの実績からは複数のボックスの必要性が浮かび上がる。市長は、決して預託を推奨するわけではないことを前提に、民間が苦労してきた課題に行政が取り組む意義を訴えており、その志は評価されよう。
振り返って貧困や福祉という国家社会全体の問題であるこの課題に対し、例えば厚生労働省やこども家庭庁は何をしてきたか。病院当局や発足当初に「ゆりかご」を認可した当時の熊本市長が「国は何もしない」と指摘した通りだ。
「ゆりかご」のモデルとなったドイツもロシア、韓国などでも宗教団体が運営する例は多い。日本でも、戦災孤児に「鐘の鳴る丘少年の家」をつくった品川博氏が1986年、信仰的精神から乳児預託施設「天使の宿」を設けた。宗教者による先例の意義は大きい。







