自死遺族の苦と対峙 救えないが救いたい
兵庫県丹波市 臨済宗妙心寺派成徳寺 河合宗徹住職
「“寄り添う”という言葉が嫌いです」
自死問題に長年向き合ってきた河合住職は、そう言い切る。きれいごとはいくらでも言える。しかし、本当の意味で人に寄り添うことは容易ではない。多くの自死遺族と接し、深い苦しみに触れたからこそ重く響く。
河合住職は幼少期、薬害による大腿四頭筋短縮症を患い、脚に不自由を抱えて育った。この経験が苦しむ人や命の問題に関心を寄せ、支えたいと思う原点になっている。
自死問題と正面から向き合うことを決めたのは、親友の自死が契機だった。遺族を支援し、追悼法要を行う超宗派団体「自死に向きあう関西僧侶の会」に参加。現在は副代表を務めている。
活動中、ある場面を目にした。遺族から「〇〇は成仏しましたか」と問われ、浄土真宗の僧侶が「浄土へいかれました」と答えた。その遺族は「そんな遠くへ行ってほしくない」と涙ながらに言った。
僧侶は教えを説き、助言を与える存在とされる。しかし、安易な言葉で遺族の苦痛や自責の念を癒やせるのかと自問自答する。答えのない問いに、軽々しく答えるべきではないと感じるようになった。
その中で出合ったのが「傾聴僧の会」だった。傾聴は、相手の話にただ耳を傾け、心を変えようとするのではなく、心が変わることを支える。状況ではなく受け止め方を見つめ直す仏教の教えにも重なっていた。
「早く仏さんに迎えにきてほしい」と嘆く高齢者に「そんなこと言わず頑張って」と言わない。ただ聴く。すると、自ら苦悩を話してくれる。今は自身の経験を生かして花園大で傾聴を教えている。
それにとどまらず活動は多岐にわたる。保護司歴は約40年。犯罪者の更生に尽力した。妙心寺派の人権擁護推進委員会委員長に就任し、軽視されてきたものも含めあらゆる差別問題を網羅した『人権ハンドブック』の作成にも取り組んだ。
「寄り添う」「人を救う」。実際の苦しみの現場に深く踏み込まず、軽々しく並べられる言葉は、時に偽善と空虚さを帯びる。
「人は救えません」と河合住職は言う。それでも「救いたい」。その思いで、障害、自死、犯罪、差別などに向き合ってきた。「維摩居士は苦しんでいる人を見ると助けずにいられなかったといいます。私も維摩居士のようにありたいと思っています」
(田代文成)





