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「自己決定」への戸惑い 母の穏やかな最期を看取る

東京科学大教授 弓山達也氏

時事評論2026年2月4日 09時13分

昨年末、母が他界した。現代宗教やスピリチュアリティの研究者として、家族の死や葬儀の問題などを講義中に話したり、論文指導をしたりするものの、自分のこととなると戸惑うことも多かった。特に今回立ち往生したのは、10年前の祖母や20年前の父の看取りと比べて格段に比重を増した自己決定の大きさだった。

入院に際しての提出書類の中に「人生会議リーフレット」があった。人生会議とは、「もしものとき」に備えて、自分が望む医療・ケアをあらかじめ考え、家族や医療者と話し合い共有しておく取り組みのことだ。しかし2019年に厚労省がお笑い芸人を用いて作成した啓発ポスターが「配慮がない」と炎上することになった。ポスターや動画は掲載中止となり、人生会議自体も尻つぼみになったのかと思っていたが、むしろ提出を強く求められた。

記入項目は、治療に関することだけでなく、大切にしたいことなど患者の価値観に関する項目が続き、最後に延命に関して希望の有無等をチェックするようになっていた。最期を迎えつつも自覚症状のない母と、こうした話し合いをすることに抵抗があり、何となく「それらしい会話」をして、普段からの母とのやりとりから、たぶん母ならこう回答するだろうなということを書いて提出した。

人生会議だけでなく、入院中は、治療方法の小さな変更に関して本人の意思確認を求める依頼の電話が、頻繁にあった。自己決定が最優先なのは判るが、最期を迎えつつある母に、その度に説明・同意をとることには躊躇いを感じた。

筆者は大学で生命倫理に関するディベート授業を担当している。ここ数年は臓器移植も安楽死も、立論の根拠は「自己決定」「自己責任」ばかりで、こうした決まり文句にも違和感を覚えていた。高額ランチと廉価なカレーを前にカレーを選ぶのは自己決定か(安藤泰至『安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと』)、子どもに迷惑をかけたくないと高齢者施設を選ぶ老親の判断は自己決定かなどと問うてみても、学生は釈然としないようである。

冲永隆子は著書『終末期の意思決定』で、自己決定を基本としつつ、それを支える患者・家族・医師間の合意である共同意思決定が、支え合う環境が強い日本文化に親和的であることを説く。筆者もその議論には納得していたはずだが、いざ肉親の「もしものとき」には、十分な関係を築けなかったことを悔やむばかりで、自己決定を突きつけられてもたじろぐしかなかった。

そんな迷いのなか、面会時間が終わって病棟で話し込む筆者らきょうだいに、担当医師が声をかけてくれたことがあった。笑いながら曰く「せいぜい悩んでください。じたばたしてください。そうするうちに意外にお迎えがきちゃったりするんですよ」と。この一言は、自己決定か、何も知らないまま治療を受けてもらうべきかで揺れ動く筆者らに「なるようになる」というもう一つの道筋を示してくれた。翌日から、筆者は、それまで常に鞄の中に入れていた治療同意書を持参せず見舞いをするようになった。そして母の穏やかな最期を、静かに看取ることができたように思う。

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