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中外日報社「宗教文化講座」

「移民輸出国」だった日本 忘れられた故郷喪失者の足跡

京都府立大教授 川瀬貴也氏

時事評論2025年12月17日 09時20分

日本では今、外国人観光客や移民が議論の俎上に上がっているが、現在の日本人が忘れがちな歴史的事実がある。それはかつて日本も一大「移民輸出国」であった、ということである。

日本の旧植民地である台湾、朝鮮、満州国、南洋諸島はもちろんのこと、南北アメリカ大陸に多くの日本人移民が渡っていった。明治以降に日本に編入された北海道、樺太(サハリン)およびいわゆる「北方領土」なども多くの人にとっての移住先であり、そこで家を建て、子を産み育てた「新しい故郷」であった。そして敗戦後、旧植民地や北方領土から日本人は追い出され、そこで生まれ育った人は「故郷」を喪失する経験を余儀なくされたのである。

さて先日、私は写真家の山田淳子氏から『わたしの百人の祖父母たち』(北海道新聞社)という写真集をいただいた。実は山田氏は私の勤務先の卒業生で元教え子。彼女は富山県出身と聞いていたが、彼女の父方の祖父母は「北方領土」の歯舞諸島の志発島という島で暮らしていた「引き揚げ者」だったのだ。彼女は自分のルーツを探る旅をスタートし、かつて「北方領土」に住んでいた人々を訪れ、話を聞き、その顔をフィルムに焼き付けることを繰り返した。その成果がこの写真集だったわけである。彼女の「旅」は、一種の「記憶の継承」とも言えるものだろう。

山田氏の出身地である富山県をはじめ、北陸地方や山陰地方はかつて「裏日本」と呼ばれ、そこから太平洋側の「表日本」にヒトやモノを送り出してきた歴史がある。古厩忠夫の『裏日本』(岩波新書)という本はその来歴を指摘しているが、実は戦前は表日本のみならず、海外への移民を多く出したのもこの「裏日本」であった。山田氏の祖父たちも、そのような移民の一員であった。実は彼女からこの写真集を贈られた時、ぱっと思い浮かんだのは、かつて出張で訪れたことのある新潟県護国神社に建立されている「満州移民慰霊碑」のことだった。

満州からの引き揚げの「苦労話」は様々な人が書籍の形にしている。宗教に関して言えば、例えば「満州天理村」の悲劇は教団関係者のみならず人口に膾炙したものだろう(フィクションの形だが、満州天理村の悲惨な末路を余すところなく描写したのは高橋和巳の『邪宗門』である)。私はあるシンポジウムで、天理大学のある教授の発表を聞いたのだが、その内容をかいつまんで話すと「満州から着の身着のままで帰国した天理村の一部の人々は日本に居場所を作れず、そのまま北米などへ新たな移民として渡っていった」というものであった。

私は満州天理村の悲劇は知っていても、その後の「トランスナショナルな移動」は知らず、驚いた記憶がある。要するに我々は山田氏の祖父たちや満州天理村の「その後」を知らずに過ごしてきたわけである。日本の戦後史は、陰で多くの「故郷喪失者」を生み、そしてその存在を経済復興の流れの中で忘却していく歴史だったとも言えるかもしれない。しかし、山田氏の写真集は「もしかしたら自分の祖父母(もしくはご近所)だったかもしれない人々」の「痕跡」を残す形で、その流れに抗ったものだったと評せるだろう。

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