原発事故で避難の青年 ローマ教皇へ苦難の訴え(3月13日付)
東京電力福島第1原発事故で福島県から東京へ避難中の大学生、鴨下全生さんによる講演が大阪クリスチャンセンターであった。プロテスタントの鴨下さんは、避難後にローマ教皇フランシスコに事故被害の悲惨さを手紙で直訴、招かれてバチカンで、そして教皇来日時にも面会して現況を訴えた。
それが教皇の原発批判声明にもつながり、現在も国内だけではなく、国連やドイツなど各国の学校でも講演を続けている。
発災当時8歳で事故により被曝した鴨下さんは、仕事のある父と離れ、母や幼い弟と慣れない土地を転々と避難、鼻血や嘔吐など体調不良を抱え、生活も不安定だった。さらに転校先の学校では「福島の子」として猛烈ないじめに遭う。「菌」と仲間外れ、暴力、図工の作品に無数の悪口を書かれた。挙げ句に「泥棒」と罵られたのは、「避難者」だから賠償金を受け取っていると親から刷り込まれた同級生たちからだが、強制避難区域外に住んでいた鴨下家には支払われていなかったにもかかわらずだ。
高校時代に体験を発表した際も「避難できた僕らはまだ幸せだった」との言葉に、会場にいた被災者から「どういう意味だ。俺は今でも福島に住んでいるんだ」と罵倒された。鴨下さんは「その人も辛かったはず。苦しんでいる人同士が互いに石を投げ合って、さらに傷つく。それも全て事故の被害」と、放射能の害以上にこの被害者間の分断が苦しかったという。
講演では、事故後の汚染状況の推移などもデータを示して詳述。そして質疑では「大人たちは汚染も被曝も、これから起きる可能性のある被害も、隠さず伝える責任があると思います。嘘をついたまま先に死なないでほしいのです」と書いた教皇への手紙が、無力感に打ちひしがれ、すがる思いからだったと明かした。
原発問題と自らの信仰との関係では「全てのことがいずれ正しい方向に行くと、神に委ねて確信を持てることですが、自分ではまだそこまで到達していない」と正直に告白する。
だが自身のキリスト者としての姿勢は、教皇の心を動かした16歳の時のその手紙の文面に表明されている。「僕たちの苦しみはとても伝えきれません。だから教皇様、どうか共に祈って下さい。僕たちが互いの痛みに気付き、再び隣人を愛せるように。残酷な現実であっても、目を背けない勇気が与えられるように。力を持つ人たちに、悔い改めの勇気が与えられるように。未来から被曝の脅威をなくすため世界中の人が動きだせるように、共に祈って下さい」と。





