民主主義は曲がり角か ネットが阻む考える力(3月6日付)
「今の日本は知的なものの権威が大きく下がり、すぐわかる話でないと受け入れられない」と、元大蔵省(現財務省)財務官の榊原英資氏が、著書『幼児化する日本社会』で嘆いている。1990年代に為替市場で活躍し「ミスター円」といわれた人だ。氏はまたテレビのキャスターやコメンテーターらが複雑な問題を単純に「イエスかノーか」で割り切る言説は物事を深く考えずに結論だけを求める二分割思考を招き「思考の退化で、精神の幼児化」だと憂える。
賛否はあるだろうが、うなずける点が多い。ただ、同書の出版は約20年前だ。インターネットが普及した現在、思考の退化は一層深まったように思う。
節目の一つは「ポスト・真実」という言葉が流行した2016年だった。英国が国民投票でEUを離脱、米国ではトランプ大統領の1期目当選の年。共にネット上で偽情報も含め対抗勢力を攻撃する大量の投稿があり、結果に影響したという。トランプ氏は自分への批判報道は全て「フェイク」と切り捨て、2期目に入って横暴はよりひどい。事実はどうでもよく、人の感情に訴え、人気獲得が第一のポピュリズムがこの10年で一段と進み、日本にも影響が及んでいる。そんな時代の潮流が交流サイト(SNS)でますます強まっている。
ネット情報は分かりやすさが最優先で文章も短い。アルゴリズムに導かれ知りたい情報ばかりの世界に入り込み、異なる意見に関心が向かない。だからネット上の言論も榊原氏の懸念を上書きするように単純化され、思考停止に陥りやすい。1冊の本を10分で読めるよう縮めた要約版が売れるような時代の世相が、特に若い世代の考える力を衰弱させてはいないか。
高市早苗首相の人気投票化した2月の衆院選結果も、それと無関係ではなかろう。ネットの動画投稿サイトは、首相に好意的な切り抜き動画が目立った。閉塞感が漂う時代への不満や将来に不安を抱く若い世代などに、首相に都合よく切り取った短い動画が好印象を与えたという。政策の是非は、もう思考の外のようである。
ただ、自民党の獲得議席約68%は、1942年総選挙で翼賛政治体制協議会(大政翼賛会)の推薦候補が占めた約82%に次ぐという事態には注意が必要だ。高市政権びいきの浮薄な動画投稿は選挙後も続いているが、仏教はもとより、どの世界も深い思索がなければ真理には到達できない。その道理をわきまえていないと、深い議論によって最適解を追求する民主主義もいずれ壊れてしまう。





