意図的風化 原発事故・震災被害巡って(4月17日付)
「『忘れない』って、それは済んだ事柄に言う言葉。震災も原発事故も終わっていないんですよ!」。この春、東日本大震災被災地の随所で被災者のこの叫びを聞いた。「311」が過ぎ、メディアの報道が極端に減る中では特に重い意味がある。そのような風化にあらがう宗教者も各地にいる。
岩手でも宮城でも「15年は決して節目などではない」と語り継ぎや教訓の伝承活動をする僧侶らが多い。原発事故でまだ帰還困難区域が広がる福島ではなおさら。津波による直接死より圧倒的に多い避難などによる関連死が増え続ける一方で、住民帰還は進まない。
政府の原子力緊急事態宣言が発令中にもかかわらず国などの「復興」の掛け声で、まるで事故が収束したかのような雰囲気が醸し出されている。一方で強制的に故郷を追われた被害者や、幼い子供の被ばくから逃れるため遠方への避難を余儀なくされ、戻れない人々が不安を訴えると「危険をあおる風評加害者だ」とまで言われる。現にあちこちに高線量の土地があるのに、理不尽な非難だろう。
現地に赴いて事故被害者の支援を継続する石巻栄光教会の川上直哉牧師は「問題を隠蔽する事故被害の意図的な“風化”こそ真の意味での風評加害」と指摘する。犠牲者や被害者が何万人と数字ばかりで表現され、一人一人、個々の家族の苦難や悲しみの物語が消される中で、説得力ある言葉だ。
例えば、国が莫大な予算を投じて推し進める「福島イノベーション・コースト構想」によって原発近隣の沿岸部に続々建設された巨大施設の敷地の下には「事故で救出、捜索活動が阻まれた津波犠牲者の遺体が眠っている可能性も大きいのです」と。国や原発再稼働を急ぐ東電の動きに「事故がなかったことにされてはたまらない」と反論した行政関係者の悲痛な声が耳に残るという。
川上牧師は「原発事故をただ批判するだけでなく、それを生んだこの社会の一員として、自分事として対応する」との考えから、意図的な風化に抵抗する。海外も含めて事故の実相を発信する。
地元の写真家が「今、起こっていること」として小中高生を対象に被災地の現況を解説する講義の内容を冊子で広め、明治以降中央から抑圧され続け原発立地の前史ともなった東北の歴史を掘り起こすスタディーツアーも行っている。
「それに現在の痛みをつなぐことで、幅広い連帯を求め、小さくされた沈黙の声を上げる。小さくされた者と共にあるのが聖書の神であると信じる者として」との姿勢にキリスト者の矜持が見える。








