山上裁判の判決に欠けていたもの 二つの問題に触れないわけ
北海道大教授 櫻井義秀氏
1月21日、奈良地方裁判所において、安倍晋三元首相銃撃事件で殺害の罪に問われた山上徹也被告人に無期懲役の判決が下された。法廷で判決を聞いた私は、検察の求刑事実と量刑判断をそのまま認めた内容と量刑の重さに落胆した。隣で聞いていた被告人の妹は判決を聞くまで手を合わせて祈っていたが、大きくため息をついた。
私は昨年の初めに山上氏の弁護人から依頼を受けて、大阪拘置所での10時間に及ぶ面談からひと夏をかけて意見書を作成し、家族との面談も踏まえて弁護側証人として出廷した。
奈良地裁の家族関係者席で本人と家族、証人の尋問などを傍聴し、最後に判決を聞いたのである。山上被告は控訴し、大阪高裁で原審の判決事実を争う予定である。
この判決は刑事司法として型通りのものであったかもしれない。被告人が公衆の面前で被害者に発砲し、殺傷した。改造銃の使用は発射罪となり、銃刀法違反として刑の上限は無期懲役である。
被害者は一人であるが、散弾銃の使用は無辜の市民をも傷つける危険極まりないものであるから、その罪状は重く、規範意識の低下甚だしいものと言わざるを得ない。
その通りである。しかしながら、なぜこの事件が起きてしまったのかということについて、被告人の卑劣な性状だけから説明する今回の判決は、被告人はもとより、誰も納得がいかないものだろう。
既に、この事件以降3年半にわたって報道されてきた事柄と、法廷において弁護人や証人が述べてきた二つの重大な問題に全く触れてないのである。
①山上家の母親は統一教会による正体を隠した勧誘と高額献金の被害者であり、子供たちは心理的虐待とネグレクトを受けた被害者である。被告人が教団に対して恨みや怒りを抱くには理由があった。
②安倍晋三元首相と教団との間には、自民党清和会―安部派と続く選挙協力(国際勝共連合などの関連団体と安倍家三代にわたる)関係があり、さらに前年にトランプ大統領と共に天宙平和連合集会において韓鶴子総裁を讃えたことで、被告人が安倍氏を教団擁護のシンボル的存在と認識してしまったことがある。
この二つの先行事実がなければ、この事件は起きていない。日本はおろか世界中が周知している事件の背景について、一切触れない判決を出したのである。
昨年に統一教会に対して解散命令の判決を下した東京地裁の判断と、2022年末に厚生労働省から発出された「宗教の信仰等に関係する児童虐待等への対応に関するQ&A」を踏まえて、私は統一教会による宗教被害と児童虐待について論じたが、この議論にも一切触れていない。
この判決から私たちは何を学べるのだろうか。不遇な生い立ちに同情は禁じ得ないが、犯行は許しがたいものであり、被告人に更生の余地はない、と言い切った判決文に刑事司法とはこういうものかと私は思い知った。
しかし、諦めるのは早い。もうひと頑張りしようと思う。







