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中外日報社「宗教文化講座」

在日コリアン教会の今昔 社会の多数派が見落としたもの

京都府立大教授 川瀬貴也氏

時事評論2026年3月4日 09時31分

日本と韓国の宗教情勢の一番の違いは、キリスト教の存在感であろう。日本は全人口の1%ほどで長らく推移している一方、韓国は現在カトリック、プロテスタント合わせて約3割弱の国民が信仰しているとされる。しかし、在日コリアン社会ではどうだろうか。在日コリアンが日本の中のマイノリティーであることは論を俟たないが、その中のクリスチャンの比率は日本人のそれとほぼ同じか、それ以下との統計がある。要するに在日コリアンのクリスチャンは「マイノリティーの中のマイノリティー」なのである。

しかし、そういう小集団だからこそ、現代社会の様々な問題を浮き彫りにする、ということがある。以下では最近出版された研究書を紹介しつつ、そのことを考えてみたい。

まず、荻翔一氏の『在日コリアン教会の戦後―再編されるエスニック・チャーチ』(春風社、2025)は、在日コリアン教会の歴史と、近年「ニューカマー」の参加と定着により変化している教会の実態を追ったものである。祖国を離れ異郷に移住した人々のアイデンティティーを確認する場として宗教施設が大きな役割を果たす、というのは周知のことだが、そのような宗教施設のいわば「最古参」が、在日コリアンのキリスト教教会である。

戦前からの歴史を持つ教会も複数存在し、戦後は人権・差別問題の最前線に立つなど、少数派の宗教でありながら在日コリアンのキリスト教は大きな存在感を示してきた。本書は、どちらかと言えば近年停滞気味であった教会が、ニューカマーにより再活性化していく様子を捉えており、在日コリアンと日本(社会)の変化を宗教から照らしだしている。

石川亮太氏の『ある在日韓国人クリスチャン家庭の百年―大阪・林(いむ)家の生活史』(かんよう出版、2025)は、大阪のある在日コリアン家族から見たミクロな在日キリスト教史である。親族や故郷を「南北分断」によって失い、肩を寄せ合い、キリスト教を絆にして異郷暮らしを乗り切ろうとしたある一家の歴史を通じて、我々マジョリティーの日本人が見落としてきた「東アジアの暴力の連鎖」が透けて見える。

ついでに少し個人的な思い出話を。岡山県のハンセン病療養所である邑久光明園は関西近辺の在日コリアンの患者が「収容」された場所であり、ここで彼らは施設内のキリスト教会に通う人が多かった(2007年の夏に本コラム執筆者の弓山達也先生たちと訪問した)。実はこの施設では「心の慰め」はもちろんだが、「死んだ時、何式で葬式を上げてほしいか」という意向をあらかじめ示すために、患者は何らかの宗教教団や仏教宗派に属することを求められ、日本の宗教に馴染めなかった在日コリアンはキリスト教を選択する人が多かった、という話を聞いて、一同うなだれたのを憶えている。

石川氏の著書にも「(在日コリアン信者の青年会が)邑久の光明園を慰問して」「療養所でこれらの人とともに韓国語の礼拝を持ち」云々と書かれているが、このような歴史も見落とされがちと思うので、私の思い出話と共にここに記しておきたい。

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