21世紀の寺院 活動形態の変化進む(2月25日付)
通夜・葬儀の参加者数が少なくなる傾向は、数十年にわたって続いている。三回忌、七回忌、十三回忌といった法事は参加者の数も減っているが、開催される頻度も下がった。行事の簡素化も進み、直葬とか一日葬など多くを省略した形が増えている。コロナ禍で進行した簡素化だが「密を避ける」時期が過ぎた後も、かつての様態に戻り切ることはなさそうだ。
これは血縁や地縁が薄くなっていることが背景にあるのは言うまでもない。葬儀や法事は血縁・地縁の人々が集まる重要な機会だったが、今は集まる人も少なく、そこでの交わりも淡白になってきた。墓じまいが増えており、墓参りの回数も減っている。
仏教寺院は葬祭が主要な宗教活動の場であったとすると、これは僧侶と在家者の接点が小さくなることを意味する。これは寺院の運営の困難をもたらすこともある。檀家数が少ない仏教寺院の継承ができなくなると、他の寺院がその後を引き受け兼務する。仏教寺院の数の減少が進んでいる。
他方、葬祭以外の場と形での僧侶の活動が増えた。分かりやすい例は災害支援活動への僧侶の参加だ。1995年の阪神・淡路大震災の折には、僧侶の支援活動はまだあまり目立たなかった。ボランティア的活動をする仏教NGOのシャンティが海外支援活動から国内支援活動に関わるようになったのは、阪神・淡路以来のことだ。
これに対し、ボランティアのような一般市民がやることを僧侶がやるのは宗教本来の在り方を外れるという意見が、宗門内や宗教に関わる言論の場でも盛んになされた。2011年の東日本大震災、16年の熊本地震、24年の能登半島地震を経た今、そのような意見を聞くことはほとんどない。
災害支援活動だけではない。子ども食堂を行っている仏教寺院も増えてきた。「おてらおやつクラブ」のホームページを見ると賛同寺院の一覧が掲載されているが、北海道だけで70を超える。お寺での「介護者カフェ」も始められてから数年だが、行う寺院は増えている。お寺でのサロンやカフェ、あるいはグリーフケアの集いなどが広がってきているのも21世紀に入ってからの顕著な傾向だ。
こうした傾向は、そもそも仏教が人々の心の中に生きるのはどのような形においてかを考え直すことを促している。そもそも葬祭に仏教寺院の主要な活動があるというのも近代日本に特有のことだった。人々の生活と心の中の仏教について現実に即して考えていくことは広く宗教について理解を深めることにも通じるはずだ。








