「宗教2世」をめぐる用語と意味の変遷
銃撃事件以後の「宗教2世」とその類義語の出現記事数およびその割合を確認すると、2022年は「宗教2世」が359件、2023年は472件と、他の用語と大きく差をつけている。2022年には「2世信者」が224件と多くはなっているが、2023年には180件に減るなど、用語が「2世信者」から「宗教2世」にシフトしていることが分かる(図2)。

本節では、「宗教2世」が報道において多数用いられるようになった2022年中の報道を中心に確認していく。宗教記事DBにおいて、事件直後で最も早く「宗教2世」という用語を記載したのは7月12日付の『FLASH』とされる2525「安倍晋三元首相 兇弾に倒れる!」『FLASH』、2022年7月12日、13-16。。ここでは「公安関係者」の言葉として、「親が信じる宗教を押しつけられ、生きづらさを抱える「宗教2世問題」の当事者として、矛先が安倍元首相に向いてしまったことが考えられます」などと報じられている。その翌日の『東京スポーツ』2626「安倍元首相銃撃事件 行政も政治家も旧統一教会を"野放し"」『東京スポーツ』、2022年7月13日、14。においては、全国弁連の「宗教2世である山上容疑者に「声をかけてほしかった」と、相談があれば対応もできたと悔やむ声もあった」とする声も掲載された。また7月16日付の『毎日新聞』2727「親の宗教 子を束縛」『毎日新聞』、2022年7月16日、29。においては、塚田の「今回の事件と必ずしも同一視できないと前置きした上で、親が信仰する宗教の影響で子どもが苦悩を抱える「宗教2世」の問題を指摘する」との見解が括弧付きで掲載された。7月30日付の『週刊現代』2828「安倍元総理を殺した「何か」について」『週刊現代』、2022年7月30日、46-49。でも櫻井の「厳密に言えば『宗教2世』というのは『親と同じ信仰を継承している』というのが条件です」との説明が紹介されている。この段階では公安や研究者、弁護士など、有識者の発言を引用する形で「宗教2世」という用語を用いて報じていた。
その後7月24日付の『朝日新聞』2929「親に苦悩 声上げる信者2世」『朝日新聞』、2022年7月24日、28。には、「信者の親を持ち、苦しんだ「宗教2世」たちが事件を契機に境遇や思いを吐露し、支援を求める声を上げ始めた」、7月26日付の『SPA!』3030「統一教会、エホバの証人、創価学会etc. 信者の親を持つ家庭のリアルとは?」『SPA!』、2022年7月26日、20-23。には「安倍晋三元首相の銃撃事件で注目を浴びている「宗教2世」。今、2世が生きづらさを知ってもらうために次々と声を上げている」などと、銃撃事件の被疑者(現・被告)の境遇に関する報道の中で、苦しんでいる「宗教2世」が議論の俎上にあがったとする報道も見られた。
また、全国紙では用語のゆらぎも確認できた。8月5日付の『東京新聞』や8月28日付の『産経新聞』では、「全国統一協会(教会)被害者家族の会」に関する報道の中で「新興宗教2世」という用語を用いて報道された3131「旧統一教会巡る相談12倍 被害者家族の会」『東京新聞』、2022年8月5日、22。「旧統一教会脱会 都内で相談会 被害者家族の会」『産経新聞』、2022年8月28日、22。。ここでは、宗教全般が想像されるような「宗教2世」ではなく、統一教会での問題は伝統宗教とは別であるとする意図があったと推測できる。
その後、9月6日付の『東京新聞』では「新興宗教信者の親を持つ「宗教2世」」「信仰の強制や、家庭内で“虐待”を受けるケースもある宗教2世の存在」、9月23日付の『産経新聞』では、統一教会をめぐり「その信者を両親に持つ「宗教2世」が始めた署名活動に共感が広がっている」などと報道された3232「「宗教2世」の詩人から君へ」『東京新聞』、2022年9月6日夕刊、7。「宗教2世「信仰強制は虐待」 法規制求め署名活動」『産経新聞』、2022年9月23日、24。。ここでは、新宗教の信者を親にもち、その信仰の影響で苦悩を抱える「宗教2世」というような意味が定着しているように思われる。そして12月頃から当事者らによる団体が設立され始めると、報道もその内容にシフトし、また政府の対応についても報じられ、次第に統一教会以外の教団への言及も始まっていった。この頃には、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)などの信者を親に持つ「宗教2世」」とする記事3333「「宗教2世」らが団体」『東京新聞』、2022年12月8日、3。のように、統一教会を中心とする新宗教に限定して表記するものから、「宗教団体の信者を親に持つ「宗教2世」」とする記事3434「「宗教虐待」4類型例示」『日本経済新聞』、2022年12月28日、34。のように、特定教団に限定しないものまで、宗教教団の信者の子弟であるということは共通しつつも、意味の幅が見られた。
なお、この時期には「2世信者」と「宗教2世」と区別なく使用するような記事や、元信者であったことを公表している人物を指して「元2世信者」と表現する記事、現役や脱会・離脱を問わず「2世信者」と表記する記事など、「2世信者」という用語は多様な意味で使用されていた。
以上、銃撃事件直後の報道を中心に確認してきた。使用された用語の変化に着目すると、事件直後から「宗教2世」という用語は用いられてきたが、当初は有識者の言葉を借りる形で使用され、一方で「新興宗教2世」などの用語のゆらぎも確認できた。その後、「宗教2世」当事者らの声が直接報道されるにつれ、報道の地の文で採用されるように定着していった。図2にも示されているように、「2世信者」という用語は引き続き使用されつつも、その割合は「宗教2世」が多数派になったといえる。
用語の意味の変化に着目すると、報道の地の文で定着されるにつれ、信者の子弟の中でも苦しい境遇にある人たち、救済されるべき人たちが「宗教2世」であるといったイメージ(意味の縮小)が付与されていた。特に銃撃事件と関連して、統一教会の信者の子弟が代表例となって「宗教2世」に関する報道がなされたことで、より強くそのイメージが作られたといえるだろう。その結果、「宗教2世」と「宗教2世」問題の当事者の区別は曖昧となってきていた。また、親の「信仰」は宗教教団に限らないとする定義はそれほど定着せず、宗教教団に限定される傾向にあり、特に新宗教に限定するもの(意味の縮小)が多く見られた。


