PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
第22回「涙骨賞」を募集
PR
第22回「涙骨賞」を募集

「命てんでんこ」考 ― 生命の尊さを多層的視点で(2/2ページ)

大正大教授 弓山達也氏

2015年2月11日

ただそこには防災的、心理的負担の軽減だけではなく、もっと違う次元が横たわっているに違いない。それは例えば普段から深くつながっているからこそ離れて逃げなければならない峻厳さ、ばらばらになって、たとえ万が一のことがあっても、きっとどこかでつながっているであろう願い、そうした、いわばスピリチュアルな次元がそこにはあるのだ。

筆者は、昨年12月26日に京都で開催されたコルモス(現代における宗教の役割研究会)研究会議(本紙1月7日号に既報)でこの話をして、参加の僧侶から「てんでんこは、あなたに逃げてほしいという意味で、他者の命を大切にする思いと矛盾しない」という指摘をいただき、ハッとしたこともある。

もちろん「てんでんこ」の解釈として、どれが正しいかを問うているのではない。当事者にとっても多義的であろう。昨年、筆者は東日本大震災後の津波で娘さんの命を奪われたご家族を訪問したことがある。その娘さんが役場の防災業務を全うして亡くなられたことから、職場のあったところには今も花が手向けられ、彼女を学校の道徳の教材として紹介したいとの申し出もあるという。実際、ご両親は家を開放して津波の恐ろしさを伝えるボランティアをされている。

しかし娘さんの死が自己犠牲として礼賛されていることに対しては「美談ですか」と強い語調で否定されたのが印象的であった。

残されたお母さんは手記も著されている。その中には「自責の念」という言葉が見られる。同時に「亡き娘と共に生きる」という思いもつづられている。娘さんの死と生き残ったご両親をめぐって、後世に残す教訓、美談、自責の念、共に生きている感覚など、様々な物語が生まれ、それらは一つに収斂するには、まだあまりにも生々しすぎる。そして当事者の前では「受け止め方は人それぞれですね」などとは口にできない、つまり他人事の相対主義を寄せ付けない重さと深さがある。

「生命尊重」という4文字にすると、あまりにも素っ気ない道徳の学習目標に接近するには、「てんでんこ」のみならず、こうした多様性と重さ、深さに子どもたちの意識を向かわせるしかない。

◇スピリチュアルな視点に宗教者の知恵を期待

しかしこうした教材を教えるには豊かな人生経験・感受性や卓越した洞察力が必要である。いのちの教育の現場には「名人芸」を披露する教師が時々現れる。しかし誰もが名人になれるとは限らない。そこで目に見えない徳目を見えるようにエピソードで可視化し、複雑に絡まった議論を分かりやすく整理し、どこの誰でもが使えるような教材で授業を標準化し、子どもたちがきちんと身につけたのかどうかを測定する検証方法が必要となる。

つまりマニュアルを作る訳だが、マニュアルを作ろうとすると「誰が」「何の目的で」と、「価値の押しつけ」に対する警戒感が生じる。こうした道徳教育に関する危惧は、先の『心のノート』への批判の中心でもあり、『私たちの道徳』でも顕在化しつつある。

これを回避するためには、すでに実施している学校もあるが、道徳教育に保護者や地域の人々が積極的に関わるなど、道徳教育を家庭や地域に「開いてみる」ことだろう。道徳教育は教師や学校だけで完結するのではなく、コミュニティーの様々な視点を交わらせることで、政治的・個人的な意図や思惑の恣意性を乗り越えることができよう。

またマニュアル化すると道徳教育はどうしても言葉が上滑りし平板になりがちである。「てんでんこ」を「自分の命は自分で守れ」という字面だけで解釈してしまう陥穽がそこにある。たとえ別れても共にいるというようなスピリチュアルな次元の視点が関わらないと、「てんでんこ」の話は理解できない。

マニュアル化にともなう平板化を打破するためにも、道徳教育には多層的な視点が不可欠で、その多層性を機能させるためにも、道徳教育を家庭や地域に開く必要があるのだ。もちろん、そうしたスピリチュアルな視点に宗教者の活動や知恵が期待されていることはいうまでもない。

とはいうものの開かれた家庭や地域がそれに応えられるかどうかは心許ない。子どもの道徳に関わる喫緊の課題を突きつけられ、家庭も地域もそれに呼応して変貌を遂げ、学校とともに成長し続ける、そのような理想的なスパイラルが求められよう。

「中日仏学会議」レポート 菅野博史氏12月24日

日本と中国の学者10人が研究発表 「第9回中日仏学会議」が11月1、2日に、北京の中国人民大学で開催された。人民大学には、中国の教育部に認められた100の研究基地の一つで…

宗教の公共性と倫理的責任 溪英俊氏12月12日

宗教への信頼ゆらぎと問い直し 2022年7月8日の安倍晋三元首相銃撃事件を契機に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る問題が社会的注目を集めた。オウム真理教地下鉄サリ…

“世界の記憶”増上寺三大蔵と福田行誡 近藤修正氏11月28日

増上寺三大蔵と『縮刷大蔵経』 2025年4月、浄土宗大本山増上寺が所蔵する三種の仏教聖典叢書(以下、増上寺三大蔵)がユネスコ「世界の記憶」に登録された。 三大蔵とは思渓版…

宗教界歳末回顧 節目となる年、節目とする年(12月24日付)

社説12月25日

地球環境危機 宗教の叡智発信を(12月19日付)

社説12月23日

信仰と生活文化こそ糧 パレスチナの訴え(12月17日付)

社説12月19日
「墨跡付き仏像カレンダー」の製造販売は2025年版をもって終了いたしました。
長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
中外日報社Twitter 中外日報社Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加