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2024宗教文化講座

中世禅への新たな視野 ― 中世禅の再考≪11≫(2/2ページ)

名古屋大人文学研究科付属人類文化遺産テクスト学研究センター教授・センター長
阿部泰郎氏

2019年1月23日

ちなみに、『渓嵐拾葉集』「縁起」には、この寂仙上人が登場し、禅と律、真言以外を無用という鎌倉幕府の要人に対して天台の重要性を力説する記事が見える。つまり両書は互いに呼応して天台側の反禅キャンペーンの一環を担っていたのである。

禅に対しては、真言宗の側からも教学論争が頼瑜のような大学匠から挑まれていたが、注目されるのは、西大寺叡尊の真言律に発し三宝院流の正嫡に連なった文観弘真の法弟宝蓮が、西大寺流律僧覚乗の問いに応えて禅に対する真言の優越を「以心伝心」について論じた『瑜伽伝心鈔』である。管見に入る文観著作のうち禅に言及するものはひとつもないが、宝蓮は師説の継承者ながら盛んに禅に言及し批判するのは、夢窓派が席巻した南北朝期の宗教界を反映するものだろうか。

中世の禅をめぐって、仏教テクストが実に豊かに多元的で多彩な論義を繰り展げる様相を焦点化した『禅教交渉論』から眺めた『中世禅籍叢刊』の全体像は、後世の臨済・曹洞宗の祖師栄西・道元の聖典を頂点として、禅宗各派において体系化された宗典の世界とは全く異なった相貌を示している。それは、中世に到達点を迎えた顕密仏教の巨大な思想体系に、その内部から融合し、超克しようとする新たな認識論理を生みだす絶えざる解釈の運動であり、また顕密仏教側からも激しく批判され、審問されつつ位置づけを試みられる手強い対象であった。この二つの解釈のベクトルが宗教テクストのうえで交わり、拮抗する。禅は、そうした宗教のはたらきと営みの臨界を中世にもたらしたのである。

中世禅をめぐるフロンティアは、真福寺や称名寺のような寺院アーカイヴスにのみ存在するのではなかった。中世後期には日本の各地方に談義所と呼ばれた修学のための寺院が成立し、これらを遍歴する学僧たちの活動の所産が、今も至るところの地域に聖教として遺されている。

全国各地へと展開

その一例が、久野俊彦氏の調査によって掘り起こされた福島県会津地方の真言宗や修験寺院の宗教文献である。戦国時代に当地に密教伝授を行った醍醐寺光台院の亮淳や根来寺智積院の祐義に右筆として仕えた祐俊の書写した大量の真言聖教が只見町の瀧泉寺から出現したが、その中の『乾坤塵砂鈔』は、全てに禅の要語と論理を用いて密教の奥義を四重にわたり問答体で解説する。いわば禅によって真言を説く態の宗教テクストである。室町期には既に禅を前提として密教は言説化され布置されるに至る。

さらに久野氏が南会津町龍福寺から見いだされた一片の聖教末尾断簡は、弘長2年に光明峯寺(東福寺の東山に道家が高野山に擬して建立した密教寺院)で写した本奥書を有し、「無相三密」の境地を四種念誦に宛てて坐禅の調息法を説き、これを「真言禅ノ躰」と結ぶ、おそらく円爾の著作とみて誤たない中世写本である。中世禅の豊饒な所産の一端は、こうして全国各地へと流布展開していたのである。

会津におけるような発見は、今後、各地域の寺院資料、あるいは民間の宗教文献の調査が展開するに従って、さらに限りなく増えていくだろう。禅を通してうかがいみた、テクストを介した宗教文化遺産の探究は、ひとつの寺院経蔵から地域全体、ひいては全国的なネットワークの許で驚くべき展開を遂げたことを示している。未知のフロンティアは全国に及ぶのである。その探究を、仏教から汎宗教にわたり、人文学の諸分野と連携・協働して行う新たな学術領域が求められよう。「宗教文化遺産テクスト学」の構築を、いま、この機に進めなければならない。

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