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中外日報社「宗教文化講座」

親鸞真蹟の発見―『廟崛偈』文と『涅槃経』文―(1/2ページ)

同朋大仏教文化研究所研究顧問 小山正文氏

論2019年7月26日
おやま・しょうぶん氏=1941年生まれ。大谷大大学院博士課程単位修得退学。同朋大文学部・同大大学院講師などを歴任。著書に『親鸞と真宗絵伝』(2000年・法藏館)、『続・親鸞と真宗絵伝』(13年・同)。
親鸞真蹟の発見―『廟崛偈』文と『涅槃経』文―
緒言

2018年6月、京都の書肆より送付されてきた古書目録に「伝親鸞聖人筆 経文断簡 一幅」なるものが出品されていて注意をひいた(写真上)。

こうした古典籍名家書蹟目録類の筆者名に「伝」が冠せられていたら、大概の場合それは著名人を適宜あてた信頼しがたい鑑定とみるのが普通である。しかしながら、こと親鸞の筆蹟については、前世紀初頭に「親鸞抹殺論」がささやかれた際、その実在を証明する有効な手立てとして、親鸞筆蹟の研究が大いに推進されたのであった。その結果日本の歴史上の人物で、親鸞の筆蹟ほど真偽が明確に識別できる人はいないまでに進展し、『増補親鸞聖人真蹟集成』全10巻(法藏館)は、輝かしい学術研究成果にほかならない。われわれはこの『集成』を通し、親鸞真蹟の全貌を労せずして知悉できることを感謝すべきであろう。

今回出現した伝親鸞筆断簡は、『集成』に照らし真蹟の可能性が非常に高いので、紙面を借りて詳しく論じてみたいと思う。

    

『廟崛偈』と『涅槃経』文

先ずその写真上の本文であるが、次のA・B2文からなる。Aは「過去七仏法輪所 大乗相応功徳地 一度参詣離悪趣 決定往生極楽界」。Bは「涅槃経言 如来為一切 常作慈父母 当知諸衆生 皆是如来子 世尊大慈悲 為衆修苦行 如人著鬼魅 狂乱多所為」の全5行72字。漢字には振り仮名、送り仮名、返り点が読解に便なよう詳細に施されている。筆致は枯淡の中にもスピード感のある力強いもので、紙質は少しけば立った鎌倉時代の古楮紙である。紙寸法は縦26・7センチ×横19・6センチを計測する。

Aの文は、聖徳太子が河内国磯長(大阪府南河内郡太子町・叡福寺)に、生前中築造した自身の廟崛内で結偈した碑文の一節。太子作とされるこの『廟崛偈』は、1行7字で全20行よりなる。うちAはその終尾17行より20行までの4行分に相当する。したがって当初はこれの前になお16行存した勘定となろう。

このことにつき上掲『集成』九―三四二などを通し、よく知られている金沢市・専光寺蔵の親鸞真蹟「三骨一廟文」(写真下)を想い浮かべる人も多いのではないかと思う。その専光寺蔵の文面は「我身救世観世音 定恵契女大勢至 生育我身大悲母 西方教主弥陀尊 為度末世諸衆生 父母所生血肉身 遺留勝地此廟崛 三骨一廟三尊位」となっている。これはまさに20行で構成される『廟崛偈』の5行から16行にわたる文だが、ただし9行より12行の4行を欠く偈文であることに注意したい。

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