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第22回「涙骨賞」を募集
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現代小説と寺院絵画~幽霊画の伝承をてがかりに~(1/2ページ)

京都精華大教授 堤邦彦氏

2019年12月13日
つつみ・くにひこ氏=1953年、東京生まれ。京都精華大人文学部教授。慶応義塾大大学院文学研究科博士課程修了、文学博士。専門は近世国文学、説話・伝承史。著書に『江戸の高僧伝説』(三弥井書店)、『絵伝と縁起の近世僧坊文芸』(森話社)、『京都怪談巡礼』(淡交社)など。
一、不幸をもたらす絵

「穢れ」に触れると伝染する。古くから「日本に存在した「触穢」の考え方(『延喜式』)を援用しながら、引っ越し先のマンションに起こる不可解な霊象の正体を、封印された土地の記憶にそってさかのぼっていく。小野不由美の小説『残穢』(2012年)はそのような構想にもとづいて書かれた現代ホラーの傑作である。

以前の住民、そしてさらに昔の土地所有者を辿るにしたがい、禍々しい出来事の元凶となった事件や一族のどす黒い過去が浮かび上がる。そのひとつとして、家筋に不幸をもたらす一幅の「婦人図」の因縁が解き明かされる筋立ては、幽霊画をめぐる伝承研究の視点からもじつに興味深い。

マンションの建設以前に同じ場所に住んでいた「吉兼家」の過去を調べるうち、主人公は一族の菩提寺をつきとめ、住職のもとを訪れる。そこで、吉兼家より納められた祟る絵の話を知ることになるのである。

「幽霊の絵ですか」
 「いえ、普通の女性の絵だったようです。ただ、時折、顔が歪むのだそうです。」

古風な、それでいて艶やかな表情の姿絵がひとりでに歪む現象について、さらに住職の話がつづく。

「歪むと不幸があるのだったか、あるいはその絵を手に入れて以来、不幸がつづいたのだったか。いずれにしても供養してほしいということで、うちがお預かりしたのだそうですが、これは戦災で焼けました。」

いまは失われた絵のせいであろうか、吉兼家に不幸があいつぎ、息子たちの夭折によってついに血筋が絶える。さらに寺に納められた後も異変は鎮まることがなかった。供養のために取り出して本堂に掛けておくと、夜な夜な怪音を発し、画幅の婦人の顔が「邪な笑みを浮かべて」歪むのだという。

現代小説に描かれた因縁話のスタイルじたいに論ずべき点は少なくない。一方、不幸をもたらす絵の霊異というプロットに着目してみると、寺院に伝わる幽霊画の由来譚のなかには、『残穢』説話の源流とみなしうる縁起伝承の存在が決して珍しくないことに気付かされる。

話の類型を求めて、金沢市の曹洞宗・鶴林寺に伝わる画幅の由来を取りあげてみたい。この絵もまた、藩士一族の数奇な運命をものがたる証拠の一軸にほかならない。

二、愛妻が乗りうつる

兼六園にほど近い金沢市の中心部に位置する鶴林寺は加賀藩前田家の祈願所となった由緒ある大寺である。

この寺の宝物である幽霊画(縦101センチ×横32センチ、上部に「活湛」の賛)の因縁は、加賀藩の名門・千秋家に起こった奇怪な出来事を発端とする。昭和14(1939)年に写された『幽霊画幅之由来』をひもとくと、金沢千秋七家の総本家9代目にあたる伊左衛門寛定(生年未詳~天保14〈1843〉年)とその妻をめぐる怪異談の全容が明らかとなる。

文化8(1811)年、伊左衛門は藩主斉広公の供をして江戸に上ったが、故郷に残してきた美しい妻への恋慕が心から離れることがなかった。そこで、画才にめぐまれた伊左衛門は、せめてもの慰めに妻の姿を丹精込めて写し、これを表装して自分の居間に掛け、朝な夕なに眺め暮らす毎日であった。

やがてその年も暮れ、文化9(1812)年の正月を迎えた。伊左衛門は絵の妻とともに新春を言祝ぎ嘉例の雑煮を愉しんでいた。ほんの座興の戯れごとから、「霊あらばお前も一口どうじゃ」と絵に向かって語りかけ、雑煮の餅を口元にもっていった。すると驚いたことに、絵の中の女が莞爾と笑ったではないか。「さては此の絵に魔のものが乗り移ったに違いない。こんな気味の悪いものはもはやこのままにしておけぬ」と脇の一太刀、抜く手も見せずに画幅を斬り捨てた。

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