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漢語大蔵経をめぐる研究状況および課題と可能性(2/2ページ)

鶴見大仏教文化研究所専任研究員(准教授) 宮崎展昌氏

2020年1月30日 15時58分

右のうち、①と⑩以外の大蔵経諸本の資料は、大正蔵の編纂時には、日本では入手・参照が困難であり、大正蔵の編纂には用いられていない。右のような諸本影印資料が参照可能になった現在、大正蔵本文を批判的に研究するためにはこれらの資料を用いた文献学的な研究が必要になるだろう。ちなみに、大正蔵の本文は底本とされた高麗蔵再雕本の再現を目指しており、本文批判(テキストクリティーク)を経たものではないことは注意しなければならない。なお、③と⑥に関しては、台湾大学図書館のウェブサイトでPDF版が公開されている。

次に、本邦に伝存する大蔵経諸本資料で、現在までのところデジタルなどのかたちで公表・公開されているものは次の通りである。

(ア)聖語蔵経巻(CD、DVDで刊行、丸善雄松堂発行)
(イ)嘉興蔵(東京大学総合図書館蔵本:https://dzkimgs.l.u-tokyo.ac.jp/kkz/)
(ウ)福州版大蔵経(宮内庁書陵部蔵本:
   http://db.sido.keio.ac.jp/kanseki/T_bib_body.php?no=007075)
(エ)金剛寺一切経(国際仏教学大学大学附置日本古写経研究所)
(オ)七寺一切経(部分、同右)

(ア)の聖語蔵経巻は大正蔵編纂の折にも参照された写本を中心とした経巻群であるが、天平期に書写された貴重な写本を多数含み、その画像を研究者が直接調査できるようになった意義は大きい。(イ)および(ウ)は版本大蔵経である。特に後者は大正蔵編纂の際にも用いられたが、閲覧期間等の関係からかその異読情報には誤りが少なくないとされている。その画像がインターネット上で閲覧できるようになったことは重要である。(エ)および(オ)は、院政期以降の中世初期に民間で書写された写本一切経である。右記のとおり、日本古写経研究所でデジタル撮影したものについては同大図書館でのみ全画像の閲覧・複写が可能である。ウェブ上での公開に比べて不便を感じるのは否めないが、寺院における調査が1年のうちの限られた期間にしか行えない場合がままあることを考えれば、年間を通じてアクセスしやすい大学図書館での公開・利用は歓迎すべきであろう。

右のように比較的広く公開されているものに加えて、本邦には複数の写本一切経、ならびに中国や朝鮮半島では散逸して伝存していない、宋・福州版および思渓蔵、元・普寧寺蔵、そして高麗大蔵経再雕本それぞれが複数セット伝存することが知られている。紙数の関係でそれらをここに掲げることはできないが、一部の寺院では研究者による調査を許可しており、それによってこれまではほとんど明らかにされてこなかったような写本一切経同士、あるいは版本大蔵経の相互関係や印刷された順序などをより詳細に明らかにできる可能性がある。また、大正蔵編纂の際に用いられたとされる芝・増上寺の三大蔵(思渓蔵・普寧寺蔵・高麗蔵再雕本)については、19年3月に同寺にて、浄土宗総合研究所主催の公開講座が催されたように、過去にマイクロ撮影したものからのデジタルアーカイブ化も進められているようであり、大正蔵に記された異読情報を実際に検証できる環境が近い将来に整うかもしれない。

概して労多くして実り少ない研究分野とされてきたことや、大正蔵という優れた近代的な刊本が標準的なものとして扱われてきたことなどもあってか、長らく漢語大蔵経の文献学的研究は等閑視されてきたきらいがある。しかしこれまで見てきたように、近年漢語大蔵経を取り巻く研究環境は大きく変化し、標準とされてきた大正蔵を批判的に研究する環境が整ってきた。そうした中にあって、大蔵経研究の機運を高めることに寄与できればという思いもあって、ためにも上述の拙著を上梓したつもりである。同書では、本稿では割愛した歴史的な背景や事情も記述したので、本稿を目にして漢語大蔵経に少しでも興味を持っていただいた読者には拙著を手に取っていただければ幸甚に思う。

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