PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
新規購読紹介キャンペーン
PR
第21回涙骨賞募集 2024宗教文化講座

津村別院の明治維新(2/2ページ)

山形大地域教育文化学部教授 大喜直彦氏

2020年5月12日 09時07分
大阪府病院となる

明治2年(1869)2月には、大福寺(現、大阪市天王寺区上本町4丁目)に大阪医学校・仮病院を開設(適塾は明治元年閉塾)し、洪庵次男惟準が院長に就任。同年7月に仮病院は法円坂の代官屋敷跡(現在の大阪医療センター付近)に移転し「大阪府医学校・病院」となりました。これは現在の大阪大学医学部の前身なのです。翌年、除痘館が附属除痘館として併合されます。

明治6年(1873)2月、医学校は改組され大阪府病院となり、別院へ移転してきます。別院は本堂を除くほとんどの建物を病院に貸与します。この移転決定の詳細は不明ですが、この病院が適塾を母体とし、適塾が別院の元お隣さんという関係から考えれば、以前から別院関係者と洪庵との交流があり、それを基に貸与につながったと考えられます。

このように別院は医療機関としての役割を担うことになり、医療の近代化にも寄与していたのです。

大阪商法会議所、経済界と津村別院

さらに別院は大阪経済界の新たな動向にも巻き込まれていきます。明治11年(1878)8月、新時代を担う経済界指導者五代友厚、藤田伝三郎などにより大阪商法会議所が設立されます。これは疲弊した大阪経済の再繁栄を目的とした経済団体で、現在の大阪商工会議所の前身です。その第1回目の会議(第一次会)は、9月2日「西本願寺掛所(津村別院)ノ一堂」を議場として催されたのです。別院がなぜ初回の議場に選定されたのか不詳です。ただ別院が広い場所だからではないでしょう。大阪商人には真宗門徒が多く、その関係で選ばれたのではないでしょうか。商法会議所と真宗門徒の深い繋がりを示す事実として、3代目会頭には真宗門徒の田中市兵衛[大阪商船・双日]が就任しています。

そのほか、真宗門徒として大阪経済を発展させた経済人を一部指摘すると、広岡久右衛門[大同生命]、木原忠兵衛[双日]、伊藤忠兵衛[伊藤忠商事・丸紅]、久原房之助[藤田組・東京生命保険相互会社]など多くいます([ ]内は関係した代表的企業名を指す)。

ここから商法会議所、商人が真宗と深い関係にあることがわかるでしょう。このように別院は大阪の経済界とも強く結びついていくのです。

おわりに

幕末・維新期の日本史は、寺田屋事件、蛤御門の変、尊王攘夷、討幕派、佐幕派など、多く京都を舞台にしています。

しかし、実は大坂も歴史の最前線にあり、津村別院・寺院・門徒も、政治、文化、経済の近代化のなかに巻き込まれ、そのなかで、新しい時代に対応し現在の大阪を育てて行くのでした。この意味で大阪の歴史をみることは、京都中心ではない新たな歴史像もみえてくるといえるでしょう。

津村別院の現住所は、大阪市中央区本町4丁目1番3号。

【参考文献】
 本願寺史料研究所編『増補改訂本願寺史』第三巻、浄土真宗本願寺派、2019年
 前田徳水『津村別院誌』本願寺津村別院、1926年
 宮本又次「田中市兵衛」同編『上方の研究』第4巻、清文堂、1976年

宗教法人法をどう理解するか 田近肇氏7月22日

2022年7月の安倍元首相の殺害事件の後、旧統一教会の問題に関連して、違法な行為をしている宗教法人に対して所轄庁は積極的に権限を行使すべきだとか、さらには宗教法人法を改正…

災害時・地域防災での寺院の役割 ―大阪・願生寺の取り組みからの示唆 北村敏泰氏7月8日

要医療的ケア者向け一時避難所など地域防災に寺院を活用する取り組みを継続している大阪市住吉区の浄土宗願生寺(大河内大博住職)で先頃、大規模地震を想定した避難所設営の図上演習…

公的領域における宗教 ― 他界的価値と社会的合法性 津城匡徹(寛文)氏6月27日

「合法性」という規範 今年5月31日付で、単著『宗教と合法性――社会的なものから他界的なものまで』を刊行した。同書は、宗教がらみの非合法な行為を主対象としたものではないが…

漂流ポスト寺で継承 故人への思い受け止め(7月24日付)

社説7月26日

孤立出産女性への支え まず事情を聴くことから(7月19日付)

社説7月24日

SNSがもたらす錯覚 信頼する情報の見分け方(7月17日付)

社説7月19日
このエントリーをはてなブックマークに追加