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現代中国におけるイスラーム復興と他者の包摂(2/2ページ)

国立民族学博物館准教授 奈良雅史氏

2020年7月20日 10時10分
観光開発と宣教

雲南省箇旧市に位置する沙甸区は人口1万人ほど(そのうち約90%が回族)の小さな町だが、歴史的に多くのイスラーム学者を輩出してきた中国におけるイスラームの中心のひとつである。沙甸区には2008年に着工、10年に落成した沙甸大清真寺と呼ばれる、中国でも最も大きなモスクのひとつがある。このモスクの建設にあわせて、09年からその周辺のイスラーム的景観を備えた観光地として整備する、約29億元もの予算がつけられた政府主導の観光開発プロジェクトも実施されてきた。沙甸区は従来、観光客が訪れるような場所ではなかったが、モスクの建設や観光開発により、13年には15万人を超える観光客が同地を訪れ、200万元を超える観光収入があったとされる。

当初、沙甸区の回族のあいだでは、礼拝などの妨げになるとして、非ムスリム・他民族の観光客によるモスク訪問を歓迎しない向きもあったとされる。しかし、その後、沙甸区の回族たちは観光客を積極的に受け入れていくことになる。14年にはモスクが中心となってボランティア・ガイドを組織し、モスクを訪れる観光客の案内を行うようになった。かれらは観光客にモスクを案内するとともに、礼拝時間になると礼拝をしにやって来る地元の回族たちとのあいだでコンフリクトが生じないように観光客を誘導する。

こうしたモスクの対応は、一見すると増加する観光客に対処するうえで否応なく行っていることのようにもみえる。しかし、地元の回族たちは観光客への対応により積極的な意義を見いだしている。ボランティアのガイドたちが観光客への対応を宣教活動とみなしているためだ。かれらは自ら非ムスリムに対する宣教(中国では非合法な活動とみなされる)に出ていかなくても、観光客として非ムスリムがモスクにやって来ることを絶好の宣教の機会ととらえていた。また、あるモスクの関係者もボランティア・ガイドの育成を通して、観光客への宣教に力を入れていこうとしていた。

こうしたモスクにおける非ムスリム・他民族の積極的な受け入れは、冒頭で紹介した他民族のモスク訪問者を忌避する態度とは対照的である。上述のようにイスラーム復興に伴い厳格なイスラーム実践への志向が高まることで、ムスリムという宗教的カテゴリーがエスニシティから切り離されるようになってきた。その結果、回族にとって非ムスリム・他民族は潜在的なムスリム、つまり宣教の対象となってきたのだ。

排他性から生み出される包摂性

調査を続けていると、冒頭で示したような回族かどうかをめぐるかみ合わないやり取りの際に、助け船を出してくれる人が現れることもあった。かれらは「回族は中国の少数民族だから、ムスリムといわなくてはいけないよ」などとわたしと話していた回族を諭した。そのうえで、わたしを歓迎してイスラームについていろいろと積極的に教えてくれた。

このエピソードは沙甸区での非ムスリム・他民族の観光客の積極的な受け入れと同様に、回族がその民族的、宗教的あり方の変化に伴い、非ムスリム・他民族を潜在的なムスリムとみなせるようになってきたことと関係するといえる。こうした変化は、回族がそれまで排他的態度を示してきた他者を包摂するプロセスともいえるだろう。

しかし、ここで注意しなくてはならないのは、このプロセスが多文化主義などといったリベラルな感性に裏打ちされたものでは必ずしもないということだ。むしろ回族は上述のようにより厳格なイスラーム実践を志向することで、土着化した宗教実践や必ずしも厳格にイスラームを実践しない回族に対して排他的な傾向にある。しかし、その排他性がイスラーム信仰とエスニシティの分化をもたらし、民族的、宗教的他者に対する包摂性を高めることにもつながっているのだ。

イスラーム復興というとテロや紛争などといったネガティブなイメージを抱く方が多いかもしれない。それはイスラーム復興がムスリムのあいだでの宗教的他者に対する排他性が高まるプロセスを伴うと考えられるからであろう。しかし、本稿で取り上げた回族の事例を踏まえると、そうした排他性の高まりは包摂性を生み出す契機とも捉えられるかもしれない。

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