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現代中国におけるイスラーム復興と他者の包摂(1/2ページ)

国立民族学博物館准教授 奈良雅史氏

2020年7月20日 10時10分
なら・まさし氏=1982年、北海道生まれ。筑波大大学院一貫制博士課程人文社会科学研究科歴史・人類学専攻修了。北海道大准教授等を経て、2019年から現職。専門は文化人類学。著書に『現代中国の〈イスラーム運動〉―生きにくさを生きる回族の民族誌』(風響社)、共編著に『「周縁」を生きる少数民族―現代中国の国民統合をめぐるポリティクス』(勉誠出版)、『フィールドから読み解く観光文化学―「体験」を「研究」にする16章』(ミネルヴァ書房)。
排除と包摂

「あなたは回族ですか、漢族ですか?」
 「日本からの留学生です」
 「そうではなくて、あなたは回族なんですか? ここ(モスク)は回族の場所ですよ」

2008年にわたしが中国雲南省で調査を始めた頃、モスクに行くと回族とのあいだでこのようなやり取りをすることがたびたびあった。

回族は中国に暮らす10のイスラーム系少数民族のひとつで、主に唐代から元代にかけて中国に渡ってきた外来ムスリムと漢人との通婚の繰り返しにより形成された民族集団といわれる。雲南省では清朝末期や文革期に回族に対する虐殺が行われたこともあり、回族のあいだではイスラーム信仰とエスニシティが強く結びつけられ、非ムスリム・他民族に対して排他的な傾向にあるといえる。しかし、近年そうした態度に変化がみられる。モスクに非ムスリム・他民族がやって来ることを許容するだけではなく、非ムスリム・他民族の観光客を積極的に受け入れるモスクが現れるようにもなってきた。

回族とイスラーム復興

中国には2千万人ほどのイスラーム系少数民族が暮らしている。中国のムスリムというとウイグル族を思い浮かべる方が多いかもしれない。しかし、イスラーム系少数民族では回族が最も人口が多く、全体の半数ほどを占める。回族は中国全土に分散して各地でモスクを中心としたコミュニティを形成してきた。そこで漢族を中心とする非ムスリムと隣り合いながら暮らしてきた。文化大革命が収束し、改革・開放政策が導入され、それまでの暴力的な宗教政策が緩和されると、回族のあいだではイスラーム復興が急激に進展した。たとえば、モスクの再建や修復、宗教教育や宣教活動が活発化した。

こうしたイスラーム復興の過程で、イスラーム地域への留学経験者の増加やイスラーム思想に関する中国語訳の書籍の出版と流通により、厳格なイスラーム言説の影響力が回族のあいだで強まった。その結果、より厳格にイスラームを実践する敬虔な回族が現れはじめた。かれらはクルアーンに則ったイスラーム実践をより一層重視する傾向にある。たとえば、かれらはイスラーム実践において「中国化」したとみなされる要素(死者の名による喜捨や中国語訛りのアラビア語など)を否定的に評価する。

また、かれらはイスラーム実践を重視するがゆえに、回族であっても日々の礼拝やヒジャーブの着用などを必ずしも厳格に実践しない者をムスリムとみなさない傾向にある。たとえば、日々の礼拝を欠かさず、厳格にイスラームを実践していた回族の友人(20代男性)は礼拝をしない回族を見かけた際、「彼らは回族だけどムスリムではない。彼らはただ豚肉を食べないだけで何もイスラームのことを知らない」と嘆いていた。

こうしたイスラーム復興に伴う厳格なイスラーム実践の重視は、回族の排他性を一層強めているようにみえる。また、これは冒頭で述べた回族の非ムスリム・他民族に対する寛容性の萌芽とは矛盾した現象のように思われる。しかし、これらの現象は回族の民族的、宗教的なあり方の変化のそれぞれ異なる側面に過ぎない。

それを理解するための鍵は冒頭の他民族に対する排除の語りと敬虔なムスリムによる敬虔ではない回族に対する排除の語りの相違にある。前者では回族かどうかが問題であるのに対して、後者ではイスラームを実践するかどうかが問題とされている。これは従来、不可分だとみなされてきた回族という民族的カテゴリーとムスリムという宗教的カテゴリーが、イスラーム実践の重視によって区別されるようになってきたことを示唆している。「ムスリムであること」はイスラーム実践を通じて後天的に獲得される属性とみなされるようになってきたのだ。非ムスリム・他民族の観光客の積極的な受け入れにはこうした回族の民族的、宗教的なあり方の変化が関係している。

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