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達磨宗新出史料『心根決疑章』の発見(1/2ページ)

駒澤大専任講師 舘隆志氏

2020年9月7日 17時13分
たち・りゅうし氏=1976年、静岡県沼津市生まれ。駒澤大大学院博士後期課程修了。博士(仏教学)。専門は曹洞宗学、日本禅宗史、禅と文化。現在、駒澤大専任講師、沼津市・曹洞宗龍音寺副住職。著書『園城寺公胤の研究』(春秋社)、共編『蘭渓道隆禅師全集』第一巻(思文閣)、共著『別冊太陽 禅宗入門』(平凡社)がある。

本論で紹介する達磨宗新出史料『心根決疑章』の発見は、長年の研究に基づくものではあるが、発見自体はまったくの偶然とも言うべきものであった。筆者は、道元と栄西の相見問題、すなわち道元は栄西に実際に参じたのかという点を解明すべく、研究を続けている。その一環として道元に禅宗の存在と入宋を勧めた園城寺公胤について研究し(拙著『園城寺公胤の研究』春秋社、2010年)、その後も、道元と栄西の関係を明らかにするために、幾つかの論文を執筆し、栄西その人についても研究するようになっていった。

この達磨宗新出史料の発見に際して、その時に研究していたのは『元亨釈書』栄西伝であった。『元亨釈書』栄西伝は鎌倉の記事が一つしか収録されておらず、しかも唯一の記事にも問題があったことから、栄西の直弟子からの情報は反映されていないと考えた。『元亨釈書』栄西伝は、栄西の直弟子がすべて示寂し、その後、時間が経過してからの情報に基づく伝記であると想定したのである。

そこで、栄西の直弟子のうち、誰が最後まで残っていたのかを考えた時、その名前が浮かんだのが大歇了心(般若房法印)であった。了心は栄西に参学し、その後に栄西法嗣の退耕行勇の法を嗣いだ僧侶である。

こうして、大歇了心についての研究を始めたのであるが、了心の名を浄土宗の典籍で見つけることができた。鎌倉末期から南北朝期にかけて活躍した、浄土宗の妙観(良山)の『四部口筆』に「心根決疑章者、仏地坊作、般若房法印ノ師也」と記されている。したがって、了心の師が「仏地坊」ということになる。

仏地坊・仏地房と言えば、達磨宗の大日房能忍(生没年不詳)の法を嗣いだ仏地房覚晏(生没年不詳)が知られ、それ以外に著名な仏地房の名は知られていない。すなわち、ここで言う仏地房が達磨宗の仏地房覚晏ならば、了心は達磨宗から栄西門流に転派した僧侶ということになり、それは日本の初期禅宗の展開を解明する上で、大きな発見になるのではと考えたのである。

この「仏地房」に関しては、前述の『四部口筆』に『心根決疑章』の著者と記されている。そして、『心根決疑章』については、浄土宗の良忠(然阿、記主禅師)の『観念法門私記』に、その一文が引用されている。良忠の系譜は、法然房源空――聖光房弁長――然阿良忠であるが、このうち、聖光房弁長は達磨宗の大日房能忍と問答したことが、『聖光上人伝』に記されていることは良く知られている。すなわち、良忠の系統は達磨宗と早い段階から接触していたことになる。

ちなみに、良忠と妙観の関係は、然阿良忠――良弁尊観――良慶明心――良山妙観という系統に当たる。さらに、この他にも多くの浄土宗典籍に、「心根決疑章」の名が見られるので、浄土宗で継承された典籍の一つだったと思われる。すなわち、『心根決疑章』の著者が、仏地房であり、それは達磨宗の仏地房覚晏ではないかとの推論に至ったのである。

そこで、以上のことを踏まえて『心根決疑章』について調査したところ、鎌倉時代から南北朝時代にかけての写本が金沢文庫に、江戸時代の刊本が国文学研究資料館に所蔵されていることがわかった。特に、金沢文庫本は目録の情報によれば、「于時、承久三年十二月一日赴大麓請沙門覚宴記之」という奥書があり、承久3年(1221)に「覚宴」という僧侶が撰述した『心根決疑章』の、鎌倉時代から南北朝時代にかけての写本が金沢文庫に現存していたのである。

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