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堕胎と間引き戒めた浄土真宗(2/2ページ)

大阪大大学院国際公共政策研究科准教授 石瀬寛和氏

2025年3月21日 13時01分

黒須里美(1992)などの研究によると、1906年と1846年の世代では生年を偽っただけでは説明がつかない程の性比の歪みがあり性選択的嬰児殺が行われた可能性があること、歪みは1846年世代に特に大きく、また両年とも県別で性比の歪みの度合いに大きな違いがあることが示されている。しかし、何が県別の違いをもたらしたのかはこれまで未解明だった。

性比の歪みの原因を性選択的嬰児殺と考えると、「浄土真宗が堕胎間引きを強く戒めた」という仮説と合わせたときに、浄土真宗の影響が強い地域では性比の歪みが小さい、という予想ができる。

図は浄土真宗の影響を、全寺院に占める浄土真宗寺院の割合で測り、1886年の人口統計で計算した当時存在した43府県ごとの1846年丙午世代の性比の歪みとの関係を見たものである。

予想通り、右下がりの関係が確認できる。この右下がりの関係は、その他の社会経済要因や、宗派分布そのものが丙午に関連するなんらかの要因によって決まったという可能性を統計学の手法を用いて考慮しても、1846年については強く、1906年についても一定程度見られる。

浄土真宗が丙午による性比の歪みを小さくした理由として、浄土真宗の戒めを受けて性選択的嬰児殺が行われなかった可能性のほかに①浄土真宗地域の方が出生年を偽るケースが多かった②浄土真宗に対する信仰により人々は丙午迷信そのものを信じなかった――という可能性が考えられる。

①のように出生年を偽ると、その前後に逆の歪みが生じる。この大きさを確認すると出生年の偽りだけでは浄土真宗地域で歪みが小さいことの説明がつかないことが確かめられた。

②については、丙午世代の婚姻状況を確認し、浄土真宗の影響が強い地域とそれ以外の地域で丙午世代が結婚している割合に規則的な違いがない、つまり丙午に対する態度には大きな違いがないことが確認された。

従って「浄土真宗は堕胎間引きを(他の宗派より)強く戒めた」ことが、丙午世代の性比の歪みを小さくすることに一定の役割を果たしていたと結論付けられる。

さらに、1906年については、人口当たりの堕胎罪での起訴件数の多い地域は性比の歪みが小さいものの、その効果を考慮しても浄土真宗の影響が見られることが検出された。

1906年時点では技術的に性選択的堕胎ができなかったため、性比に歪みをもたらすのは性選択的嬰児殺であり、堕胎の取り締まりは性比に影響はないと思われるかもしれない。しかし、江戸期には特に人々の意識として堕胎と嬰児殺が強く区別されなかったとも言われており、それが明治期にも残っていると、公的機関による堕胎の取り締まりが、性選択的嬰児殺に関しても一定の抑止力になっていた可能性がある。

同時に、公的機関による抑止が弱い地域では浄土真宗による抑止が働いていたことを示すとも言える。

このように経済学で発達したデータ分析の手法は宗教と社会の関係の理解に貢献しうる。一方で、それぞれの宗教の思想的背景やその教えの理解なしには、いかなるデータ分析も不正確なものになろう。上述の日本の経済成長での役割の検証を含め、宗教が社会に与えた影響のさらなる理解のために、学問の垣根を超えた交流ができればと願っている。

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