心肺蘇生の成功率を高めるために(2/2ページ)
浄土宗正明寺住職・L.S.F.A.インストラクター 森俊英氏
ところで、呼吸は肺の動きにより空気を吸い込み、排出します。その動きも肺のまわりの筋肉の伸縮によります。つまり、心臓がポンプ機能を果たせなくなると、肺のまわりの筋肉へ血流による酸素供給が滞り、肺は動けなくなります。これを心原性の心停止(心肺停止)と言います。少々煩雑ですが端的に言えば、「呼吸が止まれば心臓も止まり、心臓が止まれば呼吸も止まる」ということです。
「心肺蘇生を開始するかどうかの判断は、傷病者の呼吸の有無によります。胸と腹部を見て上下の動きが無ければ心停止(心肺停止)とし、胸骨圧迫から開始します」の意味をお分かりいただけることでしょう。呼吸が無いという目視確認を通じて、心停止(心肺停止)だと判断するのです。
死戦期呼吸は上述した「呼吸原性」と「心原性」の区別で言えば、「心原性の心停止(心肺停止)」時に見られることがあります。
「心原性」とは、心臓が心臓自身のトラブルでけいれん状態となり(やがて止まる)、肺のまわりの筋肉に酸素が供給されないため肺の動きが止まります。ただし、心停止直後には血液中に残存する酸素による作用で呼吸のように見える現象が起こります。しかし、これは生命維持に必要な呼吸ではありません。
心肺蘇生講習の際、救助者が傷病者の呼吸を確認する際の手順に
・10秒以内に観察する
・呼吸があるか、ないか
・普段通りの息をしているか
などの指導があったことと思います。日本での指導は、一般社団法人日本蘇生協議会(JRC)の蘇生ガイドラインに準拠していますので、その最新である『JRC蘇生ガイドライン2020』の該当部分を左記に転写してみます。
「傷病者に反応がない場合には、胸と腹部の動きに注目して呼吸を確認する。呼吸がない、または呼吸はあるが普段どおりではない場合、あるいはその判断に迷う場合は心停止、すなわちCPR(心肺蘇生のこと。筆者補記)の適応と判断し、ただちに胸骨圧迫を開始する。呼吸の確認は10秒以内に行う。10秒近く観察しても呼吸の状態がわからないときは『判断に迷う』すなわちCPRの適応である」
つまり「普段通りの息でない」「正常な呼吸ではない」ならば、胸骨圧迫から心肺蘇生を開始すべきなのです。実際の心肺蘇生の講習では、手順が説明され、それに沿った実技指導が展開されます。
ただし、体内で起こっている肺と心臓に関するメカニズムを詳説されることは多くありません。また、死戦期呼吸という用語も使われず「普段どおりの息でない」→「心肺蘇生を開始」とだけ聞くならば、受講者に疑問が残るかもしれません。
以上、死戦期呼吸を論点に、心肺蘇生の呼吸確認について順序立て説明しました。
心肺蘇生講習では実技の習得が主眼ですが、体内のメカニズムを知ることも大切です。死戦期呼吸という現象を知っておくことで蘇生の成功率を格段に上げることができるのです。
それから、死戦期呼吸が現れることがある心原性の心停止(心肺停止)は大人に多く起こります。
ただし、子どもであっても野球のボールやドッジボールが胸に強く当たったときなど、「心臓震盪」と呼ばれる心原性の心停止(心肺停止)、あるいは激しい運動時に心原性の心停止(心肺停止)が起こることもあります。その意味から死戦期呼吸に関する理解は、保育士、小・中学校の教職者、境内で幼稚園、保育園を運営されている住職や寺族においても必要な知識です。
今回は紙面の都合上、AED(自動体外式除細動器)については言及していませんが、心肺蘇生とともに大切なものです。身近にこれらの講習会が開かれる際には、積極的に受講をされるよう望みます。
◇ ◇
参考文献『JRC蘇生ガイドライン2020』『L.S.F.A.-Basic Skills 緊急時の応急手当と事故防止(第6版)』
心肺蘇生の成功率を高めるために 森俊英氏8月7日
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