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《「批判仏教」を総括する⑥》縁起説と無我説を巡る理解(2/2ページ)

広島大・龍谷大名誉教授 桂紹隆氏

2025年10月17日 11時38分

「正しい仏教」が仏語を意味するとすれば、それを確定することは至難の技である。しかし、「正しい仏教」を、ブッダが説いた(とされる)教えの核心と私たちが考えるものと規定するなら、松本氏が最初に主張した「無我説・縁起説」は広く受け入れられるであろう。私自身、ブッダの教えの核心は縁起説だと考えている。ただし、松本氏が提示した「十二縁起説」ではなくて、のちに「此縁性」と呼ばれた「此あれば、彼あり。此生じるが故に、彼生じる。此なければ、彼なし。此滅するが故に、彼滅す」という定型句に含意される「この世のすべての事象には必ず原因がある」という思想である。ブッダ当時の仏教教団には、その教理から修行形態に至るまで、佐々木閑氏が指摘するように、合理性が透徹していたと想像される。袴谷氏がかつて指摘したように、因果関係に拘束されない「無為」という概念が導入された時、ブッダの教えは解決し難い自己矛盾を抱えることになり、仏滅後の仏教徒たちは「会通」に苦労することになるのであった。仏教という国際的な宗教の長い歴史を振り返ると「縁起説」が様々に解釈されてきたことは周知の事実である。これをブッダの教えからの逸脱と見れば「非仏説」となるが、歴史的・地理的に要請された教えに対する自己否定の反復と見れば「仏教に非ず」と非難すべきではないだろう。

次に「無我説」について述べておくと、初期経典から推測する限り、ブッダ自身は「我」(アートマン)が存在するとも存在しないとも明言されず、「無記」という立場を取られた。宮元啓一氏が言われるように「無我説」が明確に主張されたのは『ミリンダパンハー』を嚆矢とするかもしれない。しかし、赤松明彦氏が示唆したように、ブリハッド・ウパニシャッドに見られるような「アートマン論」の展開の背後には、ブッダもしくは初期仏教徒によるアートマン批判が想定されるのである。インド仏教徒が「無我説」を標榜する一方、「プドガラ論」に象徴されるように人の一生を貫く何らかの人格主体を認める立場を捨てられなかったのも事実である。プドガラ論の信奉者たちはインド仏教の最後に至るまで、仏教教団の重要な一角を占めていた。そして、『大乗涅槃経』に至ると、「如来蔵」こそが「真実のアートマン」であり、バラモン教の説く「アートマン」は葉っぱの上に虫が齧ってできた「アートマン」という文字のようなものだという主張が登場することになる。これこそ松本氏の批判の対象となった如来蔵思想である。

如来蔵=仏性思想 果たした役割

ここで思いだされるのは、ブッダは「五蘊のそれぞれは我ではない」という形で「無我説」を説いたと言う桜部建氏と、ブッダは「我ではない」と言っても「我がない」とは言わなかったのであり、「真実の自己」を追求したのだという中村元氏の間の論争である。中村氏の理解に従えば、如来蔵思想も仏語に反せず、仏教であるということになるだろう。「一切衆生如来蔵」あるいは「一切衆生悉有仏性」という定型句は、本来「すべての衆生には仏が内在する」という意味であったが、のちに「すべての衆生には仏となる可能性がある」などと解釈されるようにもなる。この思想は、東アジアの仏教徒に大きな影響を与えたと考えられる。松本氏に批判された臨済禅の「見性」の考え、袴谷氏に批判された「本覚思想」、いずれも如来蔵=仏性思想の後裔である。これらの思想は、厳密な意味では「仏語」と言えないけれど、それらが「仏教」という名の下に果たしてきた役割もまた否定できない。ある中国仏教研究者から教えられたことであるが、如来蔵思想が中国に紹介されると、それまで社会の最下層にいて人間として正当に扱われていなかった人々が、自分の中にも仏がいるのだから、人としての価値があるのだと目覚めたとされる。本覚思想が日本仏教全体に広まった背景には、そのような思いがあったのかもしれない。

「批判仏教」の核心は、大乗経典を所依とする日本仏教各宗派の教えは、「仏語」によって説かれた「仏教」と呼べるのかという問いかけである。日本仏教は「仏教」と言えるのかという問いかけは、近年影響力を増しているテーラヴァーダ仏教からも発せられている。我々日本仏教徒は、この問いかけに真摯に答える必要があるのである。

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