戦後80年 教史探究の意義(2/2ページ)
天理大おやさと研究所教授 金子昭氏
この時期までは、「我が教祖の天啓に依れば世界人類は、一列皆神の子なれども、其の中自ら根本枝葉の差あり、日本は根本にして根の国なり」(『民力涵養と天理教』大正8年)などという形で教えが説かれていた。
また、「おふでさき」に登場する「にほん」と「から」を現実の日本国家と外国とにそのまま比定し、日本主義と強く結びつけた教理も打ち出されていた。これには、国家神道体制により著しく制約された教典(明治教典)が外部の神道学者らの力を借りて作られ、公的にはこれが教理の標準とされたことが与って力があった。だが、そのために、国家向けの公式教理と、本来の教祖の教えとの間に一種の二重構造が出来上がっていた。
天理教が国家主義的な“戦時教学”を形成できなかったのは、不幸中の幸いだった。もし教祖の教えを歪曲して引用して、この教学を構築していたら、戦後の弁明は相当苦しくなっていたはずである。ただ、その代わりに、国策に合わせて国家への勤労奉仕としての「ひのきしん」が強調され、炭鉱労働など大規模で過酷な動員が行われた。これはいわば国家の要求への過剰適応であった。
天理教は明治以来、官憲から幾度となく迫害干渉を受けてきた歴史があり、その延長上に戦時の国家協力を一方的に強要されたという見方が教団内では根強くある。そのため戦後50年の節目の年に教団として、教祖本来の教えに立ち返る「復元」50年を強調したものの、とくに明確な不戦決議を表明したわけではなかった。
真宗大谷派でも天理教でも、戦前と戦後を通じて教団のオピニオンリーダーは変わらなかった。彼らは戦前戦中の国家主義を封印し、民主主義の時代へと巧みに適応した。そこにはGHQ(連合国軍総司令部)の強力な指導もあったが、終戦直後の混乱した状況を乗り切るためにはそうせざるを得なかったのであろう。
戦前戦中の各宗教教団の言説の通史的過程を知りたいところだが、戦後の文部省の指導の下に多数の軍国主義的文献が廃棄されたため、文献そのものが入手しがたい状況である(教科書でも墨塗りが行われたぐらいである)。天理教においても、「明治教典」は戦後の「復元」により、弊履の如く捨て去られたのであった。
私は近著『近代日本国家と天理教の時局対応』(法藏館)の中で、その天理教版を歴史的文脈に即して通史的に辿った。こうした教史探究が可能だったのは、明治24年から今日に至るまで切れ目無く定期刊行されている教団機関誌『みちのとも』を読むことができたからこそであった。おかげで、国民道徳運動、民力涵養運動、国民精神作興運動、国民精神総動員運動へと政府による官製教化運動が超国家主義へと次第にエスカレートしていく中、天理教団が時局対応の過程で自らを積極的に巻き込んでいく歴史的過程を追跡することができた。それでも戦前戦中の刊行物は、アクセスが容易でないことに変わりはない。戦後、教祖の教えに戻る「復元」を唱えたものの、そのために今度は昭和20年以前の公的な教説を封印してしまった。しかし、戦前戦中の言説をきちんと読まずしては、歴史から何も学ぶことはできない。
戦後80年を経た今日、世界情勢に眼差しを向けてみれば、とても厳しい状況が見えてくる。ロシアとウクライナの戦争はロシアの侵攻開始からこの2月で4年目となり、日本の対英米戦争の日数を超えた。また、イスラエルによるガザ地区空爆、さらに今年に入り、イスラエルと共に米国がイランを急襲し、中東情勢は極めて不安定な状況である。石油を中東からの輸入に頼る日本にとっても深刻な事態である。しかし、ここで日本が米国の要請に応じて自衛隊を派遣してしまえば、望まぬ戦争を自らに引き寄せてしまう恐れがある。
戦後80年間曲がりなりに続いてきた平和の時期を、長い戦間期にしてはならない。
宗教にはその普遍的平和主義からして、ここで毅然とした反戦の姿勢を打出すことが求められる。言論は安全な時にたえず発信しておく必要がある。それは、自らが過去に行ってきた国家へのなし崩しの同調や迎合に対する厳しい反省にもなる。どの宗教教団もまた、いつか来た道から得る教訓が数多くあるだろう。まずは自教団の歴史を知るところから始めるべきである。
戦後80年 教史探究の意義 金子昭氏5月7日
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