宗教関与の「暗と明」 ハンセン病なお続く差別(4月24日付)
ハンセン病患者、元患者を強制的に収容して差別を拡大した「らい予防法」が廃止されて4月で30年。法の下に断種や堕胎を強要するなど過酷な人権蹂躙がついこの間まで行われていただけでなく、全国各地の療養所では今なお社会復帰さえままならない人たちが大勢暮らす。
熊本県の国立療養所菊池恵楓園を先頃見学した宗教研究者たちは、この問題への宗教の歴史的関わりの「暗と明」を実感した。
園内の会館には仏教各宗派や神道、新宗教などの仏壇祭壇がずらりと並ぶ。他の療養所でも寺院や教会という宗教施設があり、そこでは法要や祈りなどの宗教的行事が行われてきた。かつて過酷な収容生活で、入所者が互いの信仰を糧に支え合ったという意義はあった。
だが、国の施設にもかかわらずそのような設備が置かれたのは、患者として入所させられた時に所属宗教を確認し「一生ここで暮らすのだ」と死亡時の葬儀に備えるためもあったという事実がある。ある園に80年近く暮らす女性は連れてこられた少女の頃「これで死ぬまで出られないんだ」と悲嘆の底に突き落とされたという。
「患者」を見つけ出して隔離する「無癩県運動」が戦後も全国で展開された中では、地域の寺院住職らが積極的に当局に情報提供して「差し出す」働きをする例もあったという。何よりも、各地の療養所で外部から説教や伝道に入る宗教者が、その後は薬で完治した単なる感染症であるハンセン病を「仏罰」「業病」などと規定し、収容を我慢して諦めよ、来世では救われるなどと説いた歴史がある。
これらは入所者をより抑圧し、弱いいのちを守り寄り添うという宗教者の根本的な任務を放棄するどころか、差別に加担する背信行為に他ならない。だが、それを教団として総括、反省したかどうかとは別に、入所者の悲惨な現況を知って様々に支援活動をする宗教者もいる。
元患者たちは、その家族でさえいまだに偏見にさらされるため、施設を出て戻ることがかなわず、名前を変えて親類と交流を断たざるを得なかった人も多い。死してもなお帰れず、所内で火葬され保管されたままの遺骨は全国で1万7千体にも上る。
神戸から岡山の療養所に交流に通う僧侶は「知ってしまった限り何かしないではいられない」と話す。恵楓園の歴史資料館で様々な展示と共に発せられる「これを知ったあなたはどうしますか?」とのメッセージは全ての人に向けられている。







