PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

ラダックの空と湖 ― チベット高地で仏教を思う(2/2ページ)

精神病理学者 野田正彰氏

2016年9月21日

インドの北に接するが故に、チベット仏教はインド仏教の発展(変質)を少し遅れて受け入れ、インド仏教が消えた後、後期仏教をチベット化し純化してきた。顕教も密教もタントラ仏教も接合され、乾いた岩山の寺院のなかに多数の仏、造形、論理、鮮やかな色彩となって活きている。15年前、ラサ近郊のセラ寺、デブン寺を訪ねたとき、私は垂直の景観と密教との結びつきをここまで感じなかったが、ラダックではくっきりと感じる。ラサに残る仏教はそれだけ高地に生きる人々の世界が抑圧され、削ぎ落とされていたのであろう。

パンゴン湖のささやき

デスキット、フンダルで泊まった後、私たちは美しいシャヨク川の広い川底を四輪駆動車で終日上っていった。丸石の川底の真中に、深くえぐって冷たい水が蛇行する。寄り添ってポプラ、柳の群生、3メートルほどに高くのびる赤い野バラ、セーアという白い小花をつけた灌木。道なき川底の石の上を走って、身体はばらばらになりそうだった。

やがてシャヨク川と別れ、インド軍のキャンプをへてタングツェ。パシミナ山羊やヤクが草をはむ広い谷間を走り抜け、夕刻、やっとパンゴン湖へ着いた。細長い琵琶湖より大きい湖、標高4200メートル。対岸は中国の実効支配地で6000メートルを超える山嶺がかなたに輝いている。ここに外国人が入域できるようになったのは最近のことという。湖は澄みきり、薄い塩水のため藻も付かず、水が透明から淡い緑に色彩を変える深みまで、揺れて映る。私たちの泊まったテントは水際のすぐ上に張られていた。

翌朝早く目を醒まし、湖畔を東へ歩く。私は太陽が昇るにつれ、刻々と対岸へ、赤褐色の礫岩の山脈へ、水鏡の煌めきが去っていく湖のささやきを聴いた。

パンゴン湖。 岩を透かし、薄緑から青緑に、青から紫紺に。 カラコラムの山嶺と語りかけるパンゴン湖。

波は朝日とともに星屑を削り、 悠久の時と合わさって、 水の帯を織る。

岩にささやく 甘い細波、 時に生きているの 行ってしまったの と尋ねているかのように、 岩を打つ音を大きくする。

黒い力を籠めた山脈 そびえる白雪の峰、カラコラム、パンゴン湖。

おまえの命は 私の命と同じくはかないのか、 甘くささやけ、時に強く、

細波がとかす白い砂は 世界が生きてきた証。

湖の彼方をカラコラムと呼ぶべきか、崑崙と呼ぶべきか。雪の斜面を越えて、今もチベットの人びとが亡命してきている。古びた服、わずかな食物。足を凍傷で痛めながら、5000メートルを超す峠を歩いてきている。私はダラムシャーラーのチベット博物館で見た写真、ナンパ峠の雪原で中国兵に狙撃されて横たわる17歳のチベット人(2006年9月30日)の写真が忘れられない。かつて仏教が渡っていった峠を、今もチベットの人びとが難民となって越えてきている。

ラダック仏教は高野山大学・種智院大学ラマ教文化調査団(1977年)がレーの西、インダス川下流のアルチ・ゴンパなどに入って以来、日本の仏教徒にはなつかしい故地となっている。私はヌプラだけでなく、インダス川下流の下ラダック、インダス上流のモリリ湖などを旅し、あの垂直の景観と紺碧の空に浮かぶタントラに魅せられた。成田空港で乗り替えて、目下に見た富士山が小さな丘のようだった。

(野田氏は2016年6月8日から23日までラダックを訪問)

私たちが作る豊かな森 峰尾恵人氏7月24日

木の文化は持続可能か 日本は木の文化の国であり、世界最古の木造建造物である法隆寺西院伽藍や、式年造替が繰り返されてきた伊勢神宮、世界最大の木造軸組建造物である東大寺大仏殿…

《宗教とAI⑤》AI時代の人間性の発露 木村武史氏7月16日

AIに意識やこころ認めるのは錯覚か 生成AIを含むAI技術開発は社会の様々な領域に影響を及ぼしつつある。技術開発の上流で実験的に行なわれている技術開発が下流の一般社会に浸…

《宗教とAI④》予測不可能性と創造の主体 冲永宜司氏7月3日

人間による意味主体的な働き 人間にはAIに代替できない性質があるかという問いには、どんなにAIが発達しても人間の役割や尊厳は失われない、という期待が込められている。そこに…

内向き傾向への警戒 グローバルな変動に関心を(7月22日付)

社説7月24日

平和志向への支持 戦争と力の支配からの脱却(7月17日付)

社説7月22日

やまゆり園事件10年 いのちと共生考える契機に(7月15日付)

社説7月17日
「墨跡付き仏像カレンダー」の製造販売は2025年版をもって終了いたしました。
長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
中外日報社Twitter 中外日報社Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加