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春日曼荼羅と春日講(2/2ページ)

奈良国立博物館学芸部研究員 清水健氏

2018年3月9日

また曹洞宗の大本山として著名な横浜市鶴見区の總持寺に現在伝わる春日社寺曼荼羅は、裏書より大和国平田庄岡郷の春日講の本尊として、長禄4(1460)年9月11日に供養されたことが明らかにされている。平田庄岡郷(現在の奈良県香芝市周辺)は、興福寺一乗院の領有する荘園で、春日若宮おん祭で祭礼の執行役である願主人を務めた「大和士」六党のうちの平田党の根拠地であり、当然ながら春日信仰の息づく場所であったと想像される。裏書には17人の郷民の名と住所が記されており、地域史研究にも貴重な材料を提供している。こちらはもともと所在した地を遠く離れ、現在別の大寺の許に移ってはいるが、在地の春日講の本尊であったことが明瞭に知られる点は、他の流転した春日曼荼羅について考察を加える上で指標になり、重要である。

さらに、箱書より江戸時代・慶長10(1605)年には金峯山寺の桜本坊・松之坊の住侶の結んだ春日講の本尊であったとわかる個人蔵春日宮曼荼羅も近年知られるようになったものであり、江戸時代・寛文2(1662)年に東大寺清凉院の僧・実海が買得したことが奥書からわかる奈良・東大寺蔵春日講式や同院の晃海が宝永2(1705)年に奈良・寳山寺に寄進した鹿島立神影図とともに、寺僧の春日信仰を語る作例として注目される。

なお、久度神社本は現在のところ縦96・3センチ、横38・7センチで、總持寺本は縦104・6センチ、横45・0センチ、この他奈良市内の町内で現在も現役の本尊として礼拝されている講の本尊も、縦1メートル前後、横40センチほどの大きさのものが多く、おおよその規格があったようにも思われる。ただし、前述の個人蔵春日宮曼荼羅は縦53・9センチ、横25・9センチの小幅であり、逆に縦183・3センチ、横106・3センチを測る現存する春日曼荼羅中で最大の巨幅である奈良・南市町自治会蔵春日宮曼荼羅や、室町時代には興福寺領・南都七郷の新薬師寺郷に属する南都貝塚中辻郷(現在の奈良市肘塚町・中辻町)の春日講本尊となっていた、縦140・7センチ、横80センチに及ぶ大幅である米国シアトル美術館蔵鹿島立神影図の存在も知られている。恐らく、礼拝される場所や講の経済力など、様々な事情により様々なバリエーションが存在したのも事実であろう。

こうして近年新たな評価がされてきている春日講ゆかりの春日曼荼羅であるが、これに反して春日講の置かれている現状は厳しいものがある。既に講が消滅したところが圧倒的に多く、存続しているところも、住民の変化や高齢化によって講の継続が困難になっている地域がある。また曼荼羅は使用すれば傷んでいくものであり、複製を作成するにしろ、修復するにしろ相応の費用が必要になり、費用の負担も大きな問題となっている。明治39(1906)年に奈良帝室博物館で行われた春日曼荼羅の特別陳列目録によれば、今日知られている以上に、多くの春日講の本尊としての春日曼荼羅が奈良市内の町内に伝わっていたことがわかる。これらのうちの多くは流転して元の文脈を離れ、違う所蔵者の許に収まっていると考えられ、地域のコミュニティーの崩壊が著しく進行する今こそが、講や講に伝わった遺産の維持において、まさに正念場といえる。

近年こうした宗教的所産は、「もの」としての「文化財」から、造形だけでなく思想や民俗、人々の祈りや願いの伝承も含めた「遺産」として捉えられるようになってきている。これらの貴重な遺産が、皮肉にも「過去の遺物」となってしまうのは寂しい限りであり、今後さらなる伝承に向けて皆で知恵を出し合うべき時が来ているのではなかろうか。

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