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2024宗教文化講座

釈尊伝研究と釈尊教団―釈尊教団形成史と釈尊の生涯①(2/2ページ)

東洋大名誉教授 森章司氏

2020年3月16日 14時37分

ここでは紙幅の関係で詳しいことは書けないが、釈尊教団という言葉については一言しておく必要があろう。教団というのはもちろんサンガのことであるが、サンガには次の4種がある。

①仏弟子を上首とするサンガ
 ②ブッダを上首とするサンガ
 ③三宝の一つとしてのサンガ
 ④釈尊教団としてのサンガ
 である。

①は原始仏教聖典が普通にサンガと呼ぶものである。舎利弗や目連、摩訶迦葉など釈尊の弟子の主立った者をリーダーとする比丘やあるいは比丘尼の生活共同体のことである。この共同体は平均するとだいたい20人くらいの出家者で構成されていたのではないかと考えている。この共同体が例えば布薩などの公式行事を行ったり、何事かを決定することを「羯磨」といい、この原語はkamma(カンマ)であって、個人の行為たる「業」と区別するために異なった漢訳語を用いたものである。この羯磨はあらかじめ決められたシーマー(生活圏のことで「界」と訳される)にいる全員が出席しているなどの条件が満たされなければならない。この条件が満たされたサンガを現前サンガという。

②は①の1変型であって、ブッダがリーダーとなっているサンガである。経の冒頭で、「あるとき世尊は舎衛城の祇樹給孤独園に500人の大比丘サンガと共に住された」などとされるサンガのことである。原則として釈尊が「よく来た(善来)、私のもとで梵行に励みなさい」と出家を許された比丘たちによって構成される。

③は仏宝(釈迦牟尼仏)と法宝(釈迦牟尼仏をブッダたらしめているダンマ)にならぶ僧宝としてのサンガであって、釈迦牟尼仏とその教えによって覚りの境地に達した聖者たちの集団をいう。といっても聖者たちの生活共同体があったわけではなく、いわば観念的なサンガである。ただし聖典の中にはまれに、「その全てが阿羅漢であった」とされるサンガに釈尊が説法される経もある。これはこのサンガを具象化したものであろう。そして①と②を併せたのが④の「釈尊教団」である。

われわれはこの言葉を三宝に帰依し、釈尊が制定した律の規定を遵守している比丘・比丘尼の総体という意味で使っているが、これはわれわれ釈尊伝研究会の独自の用語であって、原始仏教聖典でサンガという言葉がこのような意味で用いられることはない。しかしながら、一つ一つの生活共同体としてのサンガは釈尊が定めた運営規則によって運営されており、この規則にのっとって、一つのサンガがある人物のサンガ入団を認めれば、全てのサンガはこれを承認することになり、一つのサンガが重罪を犯した者をサンガから追放することに決すれば、全てのサンガから追放されることになるのであるから、実際的には釈尊教団なるものが存在していたことになると考えるのである。また提婆達多(デーヴァダッタ)は釈尊に「世尊は年老いられた。比丘サンガを付嘱してください。私がブッダになってサンガを指導しましょう」と要求したとされる。提婆達多は釈尊教団というようなものをイメージして、その指導者とならんとの野望をいだいたのである。

現在の日本の宗教法人は宗派としての包括宗教法人と、その傘下にある一つ一つの寺院や神社たる単位宗教法人の2種に分かれる。そして①と②はいわば単位宗教法人ということになり、④は包括宗教法人ということになる。しかし①と②はまさしく法人と呼ぶにふさわしい組織体であるが、④は法人と呼べるような組織体ではなかった。釈尊を教主と仰ぎ、釈尊が制定した戒律に従うことを前提とした緩やかにまとまった集団であった。だからこの集団には運営規則はない。従って律蔵的にいえば、この集団はサンガという概念には相応しないのであるが、われわれはこれに「釈尊教団」という名をつけているということである。

(本稿や次号以降に掲載する続稿は、『中央学術研究所紀要 モノグラフ篇』全23冊に掲載した論文・資料集に基づいたものである。これらはhttp://www.sakya-muni.jp/にアップされている)

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