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希望はどこにあるのか?―コロナ禍の中で近代を捉え直す(2/2ページ)

東京大名誉教授 末木文美士氏

2021年1月5日 09時20分

このようなオカルト的神秘主義と東洋の智慧とが合体していく典型が神智学である。その創始者ヘレーナ・ブラバツキーは、謎に包まれた前半生の遍歴の後、東洋の叡智をも身に着けたオカルト的な神秘家として登場し、評判をとった。後にその心霊現象に仕掛けがあることが分かり、人気を落とすことになる。しかし、ただの詐欺師というわけではなく、古今東西にわたる膨大な知識をもとに雄大な神秘主義の思想を体系化した。彼女は同志のヘンリー・スティール・オルコットとともに、1875年に神智学協会を設立して、オルコットが会長となった。

二人は仏教徒を自称していたが、スリランカで在家の信者として受戒した。オルコットはスリランカの宗教改革者ダルマパーラに大きな影響を与えて、仏教復興を実現させた。プロテスタント仏教と言われる新しい近代的な仏教の誕生である。オルコットとダルマパーラは日本へも来訪して、日本の仏教者にも影響を与えた。東洋の仏教が西洋的に変容されて受容され、それがまた東洋の新しい運動を導いていくという、思想・宗教の見事なキャッチボールがなされているのである。

最近の研究では、驚くべきことに、この神智学の運動がユネスコ創設の源流となっているという(岩間浩『ユネスコ創設の源流を訪ねて―新教育連盟と神智学協会』、学苑社、2008)。岩間によると、神智学協会の理念は、もともと人類の間の差別をなくし、「人類を一つの同胞と見、その進化発達を宇宙史的な観点から捉える」(同書66ページ)ものである。その神智学協会を母体にして神智学教育同胞会が設立され(1915)、そこからさらにベアトリス・エンソアらが「新教育連盟」(NEF)を結成し(1921)、それが第2次大戦後にユネスコ結成の大きな力となったというのである。「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という有名なユネスコ憲章の前文は、NEF副議長のジョゼフ・ラーワライズによって挿入されたという。

神智学の運動は、従来の哲学史・思想史・宗教史ではまったく無視され、いかがわしいキワモノのように考えられて、まともな研究対象とされなかった。しかし、ほとんど嘲笑の対象としてしか扱われなかった彼らの活動が、こうして公的な世界で大きな成果を挙げているのである。そうとすれば、従来表面だけをなぞってきた近代という時代を、その深層や裏側にまで潜って探究することで、これまでと異なる可能性や希望の原理を探り出すこともできるのではないだろうか。

じつは私は最近、日本国憲法の従来と異なった読みができないかと考えている。これまでともすれば第9条だけを切り取って、賛成・反対の議論がなされている。しかし、ユネスコ憲章がその前文に大きな理念が述べられているのと同様に、日本国憲法もまた、前文の理念をもとにして読んでいかなければならないのではないか。古関彰一によれば、前文は「きわめて哲学的、理念的、思想的かつ宗教的ですらある」(『日本国憲法の誕生 増補改訂版』岩波現代文庫、2017、343ページ)ので、「日米のフレンズ(クエーカー教徒)の人々がかかわったのではないか」(同、344ページ)と推測している。しかし、そこには少し前に採択されたユネスコ憲章前文もまた、影響しているのではないだろうか。そうとすれば、それはキリスト教だけに限られるものではないであろう。

与えられた紙数が残り少なくなったが、昨年核兵器禁止条約の批准国が50カ国に達し、本年1月に発効するのは、暗い時代の中の大きな朗報である。その中に核所有国が含まれないことで、実効性を疑問視する向きもあるが、それは間違っている。核を持った大国ではなく、中小の国々が集まることで大きな国際条約を成立させたのであるから、むしろ従来の大国中心主義を崩すきっかけとなる出来事と言えよう。何でも強者の後ろをついて歩くのでなく、自分の力で考え、信念を貫いて行動することこそ、困難な時代に立ち向かう最大の道ではないだろうか。

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