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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

老死を見つめる経を読む(1/2ページ)

大谷大教授 山本和彦氏

2021年2月9日 09時09分
やまもと・かずひこ氏=1960年、京都市生まれ。大谷大文学部卒、インド・プーナ大サンスクリット高等研究所博士課程修了。プーナ大Ph・D、大谷大博士(文学)。大谷大専任講師、ハーバード大客員研究員などを経て、2012年から現職。専門はインド哲学、仏教学。主な著書に『インド新論理学の解脱論』(法藏館)など。
老いを見つめる

ブッダの『スッタニパータ』(経集)のなかに「ジャラースッタ」(老い経)という老いを見つめる経がある。わずか10詩句しかないが、死が迫っている者に対しても、やるべきことがあることを教えてくれる実用的な経である。経は本来、実用的なものである。経の意味とブッダの意図を正しく理解し、自分の生活に応用してこそ、経は価値あるものとなる。

ブッダは、人が必ず死ぬことを告げる。誰もが人間は死ぬことを知っている。しかし、それは他人の死である。自分の死を誰も考えない。自分は死なないと思っているのである。それをブッダは鋭く指摘する。

ブッダは、「私のもの」という執着を批判する。「カーマスッタ」(欲経)でも、欲望を批判するが、その理由はその欲望を叶えることができなければ、その人は苦しむからである。しかし、「老い経」ではその理由が異なる。欲望の対象に執着してその執着したものを所有できたとしても、その所有したものは常住ではなく、いつかは滅してしまうからである。

人間の身体も無常であり、いつかは滅してしまう。それに対して無知なまま生きていると、なすべきことをなすことなく無駄に人生を浪費してしまう。さらに、せっかく自分のものとして所有したとしても、自分が死んでしまえば自分のものとして所有し続けることができなくなる。自らの死が、欲望の無意味さの理由となっている。

自分だけでなく、愛する人もいつかは死ぬ。死んだ人に執着していては、悲しみが残るだけである。夢のなかで出会った愛する人を、目覚めてから見ることはない。そのように、死んでしまった人の姿を見ることはできない。その人の名前の記憶が残っているだけである。

沈黙の聖者(ムニ)は執着を手放して、安らぎ(涅槃)を手に入れる。それゆえ、ブッダは在家者に出家して修行するように勧める。これは林住期の生活である。修行によって執着を捨て、心が清らかになった者は、蓮の葉が水を弾くように、煩悩(無知、欲望、怒り)に染まることはない。

死を見つめる

この「老い経」と対になっているかのような経が、死を見つめる「サラスッタ」(矢経)である。矢は人間を貫く煩悩の喩えである。ここでもブッダは、生まれた者は必ず死ぬと説く。それは法である。法(パーリ語ダンマ、サンスクリット語ダルマ)は、仏教ではブッダの言葉であり真理である。熟した果実が地面に落ちるように、生まれた人は必ず死ぬ。陶工の作った土器が必ずいつかは壊れるように、人間も必ず死ぬ。若者も壮年の者も愚者も賢者も、必ず死ぬ。死んで行く者を誰も救うことはできない。屠所に連れて行かれる牛のように、人は死に連れて行かれる。

身体は老いと死によって損なわれる。凡夫は、人がどこから生まれてきたのか、死んでどこに行くのかを知らない。無知ゆえに、人の死を悲しむのである。しかし、賢者は智慧があるので悲しまない。死の悲しみによって何か有益なことがあるのであれば、賢者も悲しむだろう。悲しんだところで心が安らぐわけでもない。死者が生き返るわけでもない。苦しみが増すだけである。

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