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感染症をめぐる差別の歴史的構造(1/2ページ)

愛媛大准教授 中川未来氏

2021年3月8日 09時19分
なかがわ・みらい氏=1979年、宮崎県生まれ。京都大文学部卒。同大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学後、愛媛大法文学部講師を経て現職。博士(文学)。愛媛大四国遍路・世界の巡礼研究センター兼任。専門は日本近現代史。著作に『明治日本の国粋主義思想とアジア』(吉川弘文館)、「明治期瀬戸内塩業者の直輸出運動とアジア」(『史林』102巻1号)、「近世・近代移行期における人の国内移動管理と四国遍路」(『部落問題研究』235号)など。

産業革命後に発展した電信や蒸気船、鉄道といったテクノロジー、そして大陸や大洋間をつなぐインフラ整備により世界は急速に一体化が進みました。19世紀半ばから顕在化したグローバル化状況のもと感染症の流行も地球規模化します。日本列島もその影響を免れず、例えばコレラは江戸時代末の安政期以来間歇的に流行を繰りかえし、多くの犠牲者を生みました。

いま私たちが経験しているように、感染症の流行は人の身体のみならず心や社会心理に大きな負荷を与えます。その現れのひとつが感染者やその関係者、医療従事者、さらにはトラック運転手など長距離の移動を伴う職業へのいわれなき差別です。

衛生観念に関する研究が明らかにしてきたように、生死に関わる病への生得的な「怖れ」とは異なり、「差別」は歴史的に形成されてきた構造体です。ゆえにその背景に関する知識は、事態を批判的に理解する際の力となるはずです。ここでは感染症をめぐる差別の歴史的構造を、明治期のコレラ流行と四国遍路に対する政策的統制の経緯を振りかえることで考えたいと思います。

周知のように四国遍路は、札所霊場を中心に四国内を回遊する巡礼です。列島各地から集まる巡礼者のなかには貧困や差別、疾病などの種々の社会的・経済的困難を背負い、居住地からの離脱、出奔、漂泊を余儀なくされた人びとも含まれていました。子どもを含む彼ら彼女らには、しばしば個人や地域社会から弘法大師信仰に基づく扶助(お接待)が給与されたため、四国遍路は生存をつなぐための方法としても機能していたのです。

このような「生存の場」としての四国遍路を脅かしたのが感染症の流行でした。そもそも19世紀に入ると四国各藩は遍路を含む他領からの通行者、なかでも通行手形などの公的証明を持たない人びとへの統制を強めていました。生活困難者への実質的対応は村を単位とする地域社会に委ねられていたのですが、凶作や飢饉などで村の維持が困難となるなかで、乞食行為を伴う遍路は厄介視されるようになるのです。「乞食遍路」を忌避する意識の醸成を反映し、藩当局による取り締まりも強化されたと指摘されています。

一般には、明治維新による中央集権国家の成立に伴い国家領域内における人の移動や居住移転は自由になったと考えられていますが、そうではありません。明治維新後も府藩県を越える人の移動は、行政慣行として1880年代、地域によっては1900年代まで発給され続けた通行手形類似書類の所持を基準に管理されました。

なかでも乞食行為を伴う遍路は法的には「脱籍無産之輩」として処遇され、1870年の「復籍規則」制定を画期として成立した法体系のもと刑法罪に問われるとともに、出身地への逓送、もしくは監獄への収容と授産といった行政処分を受けるはずでした。

ただし実際には逓送経費が府県や町村の支出とされる場合も多かったため、四国での遍路対応は県外への放逐が基本でした。やはり地域社会の負担がネックとされたのです。結局、1882年半ばまでに国家が人の移動自体を管理しようとした諸法令は改廃され、人が移動した結果として発生する行路病死者への対応が主とされるようになります。そして人の居住移転を制限する規制は、「定りたる住居なく平常営生の産業なくして諸方に徘徊する者」を行政処分に付すことを定めた刑法(違警罪、82年施行)に委ねられました。

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