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日本中世の真言宗と祈祷(2/2ページ)

種智院大人文学部仏教学科准教授 西弥生氏

2021年5月20日 09時53分

そこで、ここに名が挙げられているうちの一人、醍醐寺成賢(1162~1231)の功績に注目してみたい。醍醐寺には10万点を超える文書や聖教等が伝来しているが、それらの聖教中に散見されるのは「遍智院僧正」とも称された成賢の名である。

成賢は後鳥羽天皇やその周辺人物のための祈祷をたびたび行い、そのことは諸史料から確認できる。成賢の弟子憲深による建長元(1249)年の申状によれば、成賢は「祈雨」や「攘災」の修法を100度以上行い、多種多様な修法の中でも「大法」、「秘法」とされる大規模な修法を20度あまり行って賞与に預かったという。前述の『仁王経』に基づく修法である仁王経法も複数回行っている。真言宗では小野流と広沢流が二大法流として継承されてきたが、小野流の重要修法としての仁王経法の位置づけが成賢によってさらに印象づけられたといっても過言ではなかろう。また、神泉苑の荒廃により醍醐寺内でも敬遠されつつあった請雨経法も執り行うことで鎮護国家のために奔走し、多くの弟子を育成した成賢は、現在も相承される三宝院流(小野流の内)の基礎を確立した。

東寺観智院初代院主・杲宝(賢宝の師僧)が撰述した『我慢鈔』によれば、仁和寺と醍醐寺は東寺の「左右」にあって弘法大師空海の「遺法」を伝持して「朝廷の護持」を共に行い、「萬国の利安」を祈ってきたとされる。喩えるならば両寺は「車の両輪」、「鳥の二翼」のようなものと記されるように、東寺・醍醐寺・仁和寺は鎮護国家を担う真言宗の主力寺院であった。

14世紀、醍醐寺が東大寺との本末相論に際して提出した陳状には、醍醐寺には「東寺の真言」が継承されており、「東寺の真言」は「醍醐寺の秘法」であること、「東寺の法流」と「醍醐の法流」は一つの法流にほかならないことが記され、東寺との一体性や連続性に対する醍醐寺僧の強い意識がうかがえる。

鎮護国家をめぐる空海の理念は、前掲の『性霊集』所収「国家の奉為に修法せんと請う表」のほかにも、宮中真言院で「正月の御修法」を行うことに対する勅許を求めた奏状(巻9所収)や、淳和天皇が宮中の大極殿に100人の僧侶を招いて雨乞いを行った時の願文(巻6所収)などにも表れている。

では、『性霊集』に示された鎮護国家の理念はいかにして後世に受け継がれていったのであろうか。

『性霊集』には多くの写本・版本や注釈書が伝わっている。一例として醍醐寺には仁和寺の隆澄が貞応2(1223)年に書写した現存最古の完本が伝来している。また、徳川家康により「一宗の勧学院」と称された東寺観智院にも『性霊集』をめぐる「聞書」等が遺されている。注釈書としては、江戸時代前期から中期にかけての智積院の碩学として著名な運敞が撰述した『性霊集便蒙』があるほか、杲宝が著した『性霊集緘石鈔』(種智院大学所蔵)などがあり、『性霊集』の文言に対して様々な仏典やその他の典籍に基づく解釈が施されている。

高貴な身分の僧侶が入寺した仁和寺や醍醐寺などのいわゆる門跡寺院が修法を前面に掲げ、実修重視の宗教活動を展開したのに対し、東寺や智積院などの寺院は教義の修学を軸に活動し、その一環として『性霊集』に基づく修学の痕跡も見いだされる。空海の鎮護国家理念は、修法の勤修や口伝の伝授を通じて師僧から弟子へと代々受け継がれるとともに、修学の場においても理解の深化が図られ、後代に継承されていったといえよう。

筆者が勤務している種智院大学においても、弘法大師・興教大師降誕会や報恩会をはじめとする密教儀礼が学生主体で執り行われ、空海の志が受け継がれていっている。筆者も真言宗史を専門とする教員・研究者の一人として、各時代における様々な困難を乗り越えて重ねられてきた真言宗の歴史や文化のありようを伝えていけるよう、今後も地道に精進したい。

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