PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
新規購読紹介キャンペーン
PR
2024宗教文化講座

宗教と自己存在の問題について(1/2ページ)

時宗教学研究所研究員・一向寺住職 峯崎賢亮氏

2022年4月4日 09時16分
みねざき・けんりょう氏=1956年生まれ。東海大医学部卒、同大学院博士課程修了。医学博士。総合内科専門医。循環器専門医。時宗一向寺(茨城県古河市)住職。時宗教学研究所研究員。2008年、論文「死を覚悟した人達の為の浄土門の教え」で第4回涙骨賞最優秀賞を受賞。著書に『四十歳からの南無阿弥陀仏』(文芸社)がある。

哲学者西田幾多郎氏によれば、宗教の問題は、価値の問題ではなく、我々が自己の自己矛盾的存在たることを自覚した時、我々の「自己存在そのものが問題」となる時に生じるという。そして自己存在の根本的な自己矛盾の事実は、死の自覚にあるともいう。つまり自己存在は、死による「自己存在の喪失」を自覚することで、自己矛盾的に自己の存在に気づき、宗教の問題が生じる、ということであろう。

通常の日常生活では、漠然とこの生が継続するという思い込みで、予定、希望、期待といった未来を想定して生きている。死の自覚とは、漠然と信じてきた、ある種の絶対無限たる自己を、否定されるような事態に陥った時に初めて、自らの存在が、有限的で一度的な「個」であることを自覚するのである。自己存在は、その意味でも矛盾的自己同一なのである。

死の自覚を前提とした医療が終末期医療であり、その現場でしばしば議論される、臨床哲学的な自己存在に関しては、時間存在、関係存在、自律存在の三つに分けて検討されている。

(1)時間存在の問題

時間存在の喪失とは、一言で言えば、未来が失われた、と感じられた時に生じる。死の自覚は未来に対する喪失感を伴うが、その喪失感によってもたらされる感情こそが、絶望感である。その意味でも、絶望感と不安感は別次元のものと言える。不安感と希望・期待感は、想定された未来に対する感情であるという意味で、同次元である。未来には不確定要素があるために、「想定外」のことが生じることで容易に、不安が期待へ、期待が不安へと裏返る。まさに不安と希望・期待はコインの裏表の関係と言える。

しかし絶望感は、未来の喪失に伴う感情である。未来自体の喪失なので、未来に対する感情である「希望」はおろか「不安」も起こらない。絶望によってもたらされる厭世観は、人が死なないでいるためのブレーキを外し、希死願望へと導いてしまう。西田氏がいうように、自己存在の崩壊の危機によって、宗教の問題が生じる契機ともいえる。

山折哲雄氏によれば、文芸評論家の亀井勝一郎氏は『歎異抄』の言葉によって人生の大きな転機を掴んだと言われているが、彼が戦前、社会主義に傾倒した結果投獄された時、親鸞によって社会主義から転向した訳ではなく、獄中で喀血し、結核による死の恐怖に直面して転向し、宗教心に目覚めたという。

学徒動員を余儀なくされた学徒が、背嚢の奥底に『歎異抄』を入れて出兵していった話は有名である。また大牟田俘虜収容所の所長で、上官からの命令を忠実に任務遂行した為に、戦後、東京裁判で死刑判決を受けて、刑死した福原勲元大尉は、教誨師花山信勝師の説法を契機に宗教心に目覚め、念仏往生を遂げたという(『中外日報』2010年8月5日号・7日号「終わらない戦後」㊤㊥)。

不安と希望はコインの裏表の関係であるが、絶望と希望とは、やなせたかし氏の詩にもあるように、ある程度距離のある「隣同士」の関係とも言える。隣同士の絶望と希望の間にある溝を埋めるには、何らかの契機が必要となる。希望が未来に対する感情である以上、絶望の淵から脱するためには、何らかの形で新たに「未来」が再構成される必要がある。それは絶望感の根本的原因の解消ではない。根本的解決が可能であれば、そもそも絶望感は生じない。絶望感をもたらした原因とは別の事象で、新たに未来を構築する必要がある。

「浄土宗の中に聖道門と浄土門がある」 田代俊孝氏3月18日

浄土宗開宗850年をむかえて、「浄土宗」の意味を改めて考えてみたい。近時、本紙にも「宗」について興味深い論考が載せられている。 中世において、宗とは今日のような宗派や教団…

文化財の保護と活用 大原嘉豊氏3月8日

筆者は京都国立博物館で仏画を担当する研究員である。京博は、奇しくも日本の文化財保護行政の画期となった古社寺保存法制定の1897(明治30)年に開館している。廃仏毀釈で疲弊…

語り継がれるもうひとつの神武天皇陵 外池昇氏2月29日

神武天皇陵3カ所 江戸時代において神武天皇陵とされた地が3カ所あったことは、すでによく知られている。つまり、元禄の修陵で幕府によって神武天皇陵とされ文久の修陵でその管理を…

病院の閉院・譲渡 宗教系病院の在り方とは(4月19日付)

社説4月24日

アカデミー賞2作品 核問題への深い洞察必要(4月17日付)

社説4月19日

人生の学び 大事なのは体験で得た知恵(4月12日付)

社説4月17日
このエントリーをはてなブックマークに追加