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十種神宝の発生と『先代旧事本紀』の成立(1/2ページ)

編集者・ライター 古川順弘氏

2022年7月29日 15時37分
ふるかわ・のぶひろ氏=1970年、神奈川県生まれ。早稲田大第一文学部哲学科哲学専修卒。出版社勤務を経てフリーランスに。歴史・宗教分野を中心に雑誌・書籍の編集・執筆を行う。著書に『古代豪族の興亡に秘められたヤマト王権の謎』『仏像破壊の日本史』『人物でわかる日本書紀』『古代神宝の謎』など。

神道古典の一つである『先代旧事本紀』は、神代から推古天皇の代までの神話や歴史を中心にまとめられた史書で、「序」によると、聖徳太子と蘇我馬子が勅を奉じて推古天皇28(620)年に編纂し、同30年に完成したという。

だが、本文には推古天皇30年以降の記事も散見されるため、序文は偽作されたものと考えられている。さらに、本文の多くが『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』からの引用文であることも明らかにされている。こうしたことや古代豪族・物部氏に関する古伝承が多く含まれていることから、『先代旧事本紀』の実際の成立は9世紀代で、述作者は物部氏に関係する人物、とするのが通説となっている。

『先代旧事本紀』全体を偽書とする見方もあるが、部分的ではあれ、独自の神話・伝承・歴史を記録しているのは事実である。そのような『先代旧事本紀』独自の伝承として代表的なものが、「天璽瑞宝十種」、通称「十種神宝」にまつわるものだ。

十種神宝とは、物部氏の祖神ニギハヤヒ(饒速日尊)が天界で授かった10個の宝物のことである。『先代旧事本紀』巻第5「天孫本紀」によれば、ニギハヤヒが地上世界に降臨しようとしたとき、天神の御祖(天照大神のことか)は天神の御子であることのしるしとなる十種神宝、すなわち瀛都鏡・辺都鏡・八握剣・生玉・死反玉・足玉・道反玉・蛇比礼・蜂比礼・品物比礼を授けた。十種神宝を授かったニギハヤヒは、大勢の従者を引き連れて河内国に天降り、次いで大和国に遷る。

十種神宝それぞれの具体的な形状は不明だが、その名称から鏡・剣・玉・比礼の四つに分類することができる。比礼は薄く細長い布のことで、これを振ると呪力が生じると信じられた。

さらに巻第5「天孫本紀」によれば、ニギハヤヒの子・ウマシマジは東征してきた神武天皇に十種神宝を奉献し、さらに宮中でそれを奉斎して、天皇の長寿・幸福を祈る鎮魂祭を創始した。第10代崇神天皇の時代に入ると、十種神宝は新たに創祀された石上神宮にウマシマジの子孫(物部氏)によって納め祀られたという。

◆十種神宝とアメノヒボコの神宝

従来、このような十種神宝説話は物部氏に古くから伝わるもので、『先代旧事本紀』そのものの成立は9世紀代としても、説話自体はそれよりはるか昔から存在したと考えられてきた。しかし私は、十種神宝説話は平安時代初期に形成されたものであると考えている。

まず注目したいのは十種神宝の文献上の初出だが、それは9世紀代成立の『先代旧事本紀』となる。では、『先代旧事本紀』の正確な成立年はいつか。通説に従ってそれを検証すると、大同2(807)年から貞観11(869)年までの間となる。成立の上限を807年とするのは、同年に成立した『古語拾遺』のテキストとほぼ同じものが『先代旧事本紀』巻第7「天皇本紀」に記され、『先代旧事本紀』が同書を引用したとみられるためであり、下限を869年とするのは、この年までに成立したと推定される『令集解』の巻2「職員令」神祇官鎮魂条の文の細注に、『先代旧事本紀』からの引用とみられる文章がみられるからである。

ただし、十種神宝に類似した神宝、あるいはその原像とも考えられる神宝は、『先代旧事本紀』に先行する、8世紀初頭までに成立した『古事記』と『日本書紀』に見出すことできる。

『古事記』中巻の神武天皇段に、大和を支配していたニギハヤヒが東征してきた神武天皇に服属し、その証しとして「天津瑞」を献上したという記述がある。一方、『日本書紀』の神武東征記事にも『古事記』と同様の記述があり、そこではニギハヤヒが献上した宝物は「天羽羽矢」と「歩靫」の二つとなっている。

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