《「批判仏教」を総括する④》批判仏教と本覚思想批判(2/2ページ)
「法華仏教研究」編集長 花野充道氏
田村芳朗氏は、『天台本覚論』(日本思想大系)所収の「天台本覚思想概説」の中で、本覚思想の展開を四段階に分けて、「如来蔵経典群において、内在的相即論が見られる」と論じている。しかし、大乗空思想に基づく「凡仏相即論(不二論)」と、如来蔵思想に基づく「如来内在論(仏性論)」は矛盾する論理であるから、田村氏が用うる「内在的相即論」という表現は間違いである。
智顗は「如来蔵」について、『摩訶止観』に「当に知るべし。一念は、即空即仮即中にして、並びに畢竟空、並びに如来蔵、並びに実相なり」と論じている。すなわち智顗は「如来蔵」を「如来内在論」ではなく、「畢竟空」「実相」の異名として解釈していることが知れる。智顗は『摩訶止観』の「円頓章」に、「無明塵労は即ち是れ菩提なれば、集として断ずべきなく、……生死は即ち涅槃なれば、滅として証すべきなし」と記している。一切の諸法は「即実相」であり、「即畢竟空」であるから、煩悩も畢竟空、菩提も畢竟空、生死も畢竟空、涅槃も畢竟空、故に「煩悩即菩提」「生死即涅槃」=「当体全是」であるという智顗の円教教学(不二相即論)が展開して、島地氏が言われる「日本中古の天台本覚思想」が成立したのである。
智顗は如来蔵縁起説を「心生説」として批判し、道元も「心常相滅論」を批判しているから、そういう意味では、袴谷氏の「智顗も道元も、基体説を批判した」という主張は間違っていない。ただ松本氏が言う「如来蔵思想は仏教にあらず」という主張を、「本覚思想は仏教にあらず」という表現に言い換えた時には、如来蔵思想に立脚した「本覚」の思想(基体説)と、大乗空思想に立脚した天台の「本覚思想」の区別がつかなくなる。
そうなると、松本氏が『道元思想論』の中で論ずるような、「道元は、徹底した本覚思想によって、いまだ徹底していない本覚思想を批判した」というわかりにくい表現が生まれてしまう。松本氏は「いまだ徹底していない本覚思想」を「仏性内在論」、「徹底した本覚思想」を「仏性顕在論」としているから、前者は『大乗起信論』に説かれる「本覚」の思想(基体説)、後者は中古天台で説かれる「事常住」「事実相」などの「本門思想」=「本覚思想」を意味している。
松本氏は、「仏性内在論」と「仏性顕在論」を区別するために、「『本覚思想』という語を放棄して、『如来蔵思想』という語を用いて、この問題を考察すべきである」と述べているが、私も袴谷氏との本覚思想論争において、「本覚思想」と「如来蔵思想」(本覚の思想)を区別すべきことを主張している。
島地氏は「本覚門の信仰」と題する論考において、古今東西の仏教を「本覚門の信仰と始覚門の信仰に分けて見たらどうであろうか」と提言し、「親鸞の浄土真宗、日蓮の日蓮宗が真に本覚門の信仰を鼓吹している」と述べている。これを私の言葉で説明すれば、島地氏は、彼の土に往生して救われる法然の仏教を「始覚門の信仰」、この土でこの身このまま救われる親鸞の仏教を「本覚門の信仰」と称していると言ってよいであろう。
同じように、止観を修して未来の成仏を目指す智顗の仏教が「始覚門の信仰」、この世でこの身このまま成仏する日蓮の仏教が「本覚門の信仰」となる。禅仏教にあてはめれば、行の彼方に証を求める仏教が「始覚門の信仰」、行がそのまま証となる仏教が「本覚門の信仰」である。親鸞の「平生業成」「如来等同」の思想、日蓮の「一念信解」「名字即成仏」の思想、道元の「本証妙修」「証上の修」の思想を、私は「本覚門の信仰」=「本覚仏教」と称している。
最後に、仏身論で一言すれば、智顗仏教は、大乗仏教で説かれる三世十方の諸仏を三種の仏身(法身・報身・応身)に分別して、三身の円融相即を論ずるから、自行を修して法身(実相)を証得した「本仏(体)」と、本より迹を垂れて衆生を化導する「迹仏(用)」は、「倶体倶用」「倶本倶迹」「本迹不思議一」となる。対して日蓮仏教は、本迹勝劣思想に立脚して、大乗仏教の多仏を本門の教主釈尊一仏に統合し、多なる諸仏の用は一なる本仏の体に帰すと説くから、松本氏が言う「発生論的一元論」「根源実在論」、すなわち「基体説」にあてはまることを指摘しておきたい。
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