《「批判仏教」を総括する④》批判仏教と本覚思想批判(1/2ページ)
「法華仏教研究」編集長 花野充道氏
プリンストン大学のジャクリーン・ストーン教授は、拙著『天台本覚思想と日蓮教学』のレビューの中で、「近年、批判仏教として知られる運動(the movement known as“critical Buddhism”によって、本覚思想というテーマは注目を浴びている。しかし、その理解は不充分であり、本覚思想というタームそれ自体も、しばしば曖昧で表面的に使われている」(『法華仏教研究』38号所収)と述べている。ストーン教授がこのように述べた理由はなにか。
「本覚思想」のタームは、東京帝国大学で初めて日本仏教を講義した島地大等氏が、1926年、「日本古天台研究の必要を論ず」と題する論考を発表し、「禅・念仏・日蓮等の鎌倉新仏教は、何を母胎として産声を揚げたのであろうか。この場合、先ず推すべきは日本の中古天台であろう」として、その教学の特色を「迹門思想から本門思想への転回であり、始覚法門から本覚法門への進展である」と論述したことに始まると言ってよい。島地氏は、「日本思想史に一貫せるもの」を探求して、それは「予のいわゆる具体的絶待論であり、絶待肯定の思想であって、専門的には本覚思想と称するものである」と論じている。ところが、近年の批判仏教の運動では、「本覚思想というタームが曖昧で表面的に使われている」とストーン教授は批評しているのである。
ストーン教授が言う「批判仏教の運動」とは、1986年、松本史朗氏が日本印度学仏教学会で「如来蔵思想は仏教にあらず」と題して私見を発表したことに始まる。松本氏は、如来蔵思想の構造は“dhātu-vāda”(基体説)であるから「仏教にあらず」と主張し、それは「単一な実在である基体(dhātu)が、多元的なdharmaを生じると主張する説である」、「それは簡単に『発生論的一元論』とか『根源実在論』とか呼んでもよいであろう」と論じている。
松本氏の「如来蔵思想批判」を承けて、1989年、袴谷憲昭氏は『本覚思想批判』と題する著述を上梓し、その中で「本覚思想は仏教にあらず」と主張した。翌年に刊行された『批判仏教』でも、「仏教とは批判である」、「本覚思想こそ偽仏教である」と論じ、さらに1998年刊行の『法然と明恵』では、松本氏が「仏教にあらず」と批判した基体説の定義を自身の「本覚思想」の定義に取り入れて、①本は迹の基体である、②故に、本は迹を生じる、③本は単一であり、迹は多である、などと論じている。
袴谷氏は『法然と明恵』の中で、「本覚思想」を「円のイメージでなければならない」と記しているから、松本氏が言う「基体」=「置く場所」のイメージとは異なっているようである。ただ島地氏が言う「本覚思想」は、事常住の「本門思想」のことであるから、袴谷氏が「単一な実在である本から、多元的な迹を生ずる」という「本迹思想」(基体説)を「本覚思想」と称することは間違いである。
袴谷氏の批判仏教の結論は、その著『本覚思想批判』によれば、「天台智顗と道元に共通することは、本覚思想を厳しく批判した点に求められる」ということにある。ただそうなると、島地氏が言う中古天台の「本覚思想」と、智顗や道元が批判する「本覚思想」が、どのように異なるかが問題になる。
「本覚」の語は『大乗起信論』に初出する。それは「本有の覚」「衆生に本より具わる覚り」という意味であるから、「仏性」「如来蔵」と同義語と考えてよい。如来蔵思想は、衆生が時間的に無常であり、空間的に個別であるのに対して、如来の時間的な絶対性(本有常住)と空間的な絶対性(遍一切処)を追求したところに成立している。絶対的な如来は遍一切処であるから、衆生にも内在していることを「如来蔵」と言う。
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