瞬発力ある災害支援 日常からの行いが奏効(2月23日付)
今なお多くの被災者が避難や悲惨な生活を余儀なくされている能登半島地震。現地に行くと、様々な宗教者たちの支援活動が活発だ。東日本大震災のように遺体安置所での弔い活動があまりないせいか報道は少ないが、発災直後からも含め過酷な現場で底力を見せる。
その瞬発力と持続力はどこから来るのか。一つは大震災など各地の災害での実績、豊富な実地経験の蓄積だ。例えば大震災と原発事故で大きな被害が出た福島県の真宗大谷派住職は、地震直後の1日に仲間に声を掛け、5日には輪島まで遠路困難な道程を駆け付けて避難所で炊き出しを始めた。熊本地震の際に支援に行った先の僧侶らもはるばる九州から参加した。
阪神・淡路大震災以来、国内外の災害地で活動を続けてきた神戸のキリスト者らのグループも、第1陣が5日に現地に入り、その後も寄り添いを続ける。曹洞宗や浄土真宗本願寺派など仏教教団の支援組織も続々と人員を派遣し、新宗教でも天理教の災害救援ひのきしん隊は例によって強力な組織力を生かして目覚ましい動きをしている。
いずれも過去の実績から来るしっかりしたノウハウを持ち、あるいは平時から災害だけでなく各地で困窮者を支える働きをしていたなどの姿勢が共通する。だから元日からの緊急事態にも迷うことなく即応することができたのだ。
もう一つは、宗教者ならではの広域ネットワークだ。やはり福島の浄土宗の僧侶は、大震災やその後の水害などで培った行政や社会福祉協議会、各種団体そして支援者たちとの人脈をフル活用した。1月中旬にはそのメンバーで現地入りして被害実態把握や物資援助に奔走。また、各地の寺や僧侶たちとのつながりで全国的なバックアップ網を構築して、今後の後方支援も見据えている。
このような対応の在り方では、今回やはり大きな被害があった富山県氷見市の社会福祉協議会が掲げる「氷見式災害ボランティアセンター」は、災害特化の緊急ボランティアと復旧後の生活支援、心のケアまでも一体化し、それぞれの専門家が被災者の多彩なニーズを“仕分け”して当たる。それは「有事対応型」というより「日常延長型」という点がユニークだ。
先に挙げた、普段から活動している宗教者たちも同じことだ。そして彼らが宗教者であることの特段の意味は、今回も含めてそのような活動が「たまたま宗教者もボランティアをしている」ではなく、彼らにとっては人助けこそが宗教本来の役目であるという信仰が内実になっているのが特徴だ。