長期化するガザ侵攻 宗教と平和が問われている(4月24日付)
パレスチナでの戦闘が半年を超え多くの人命が失われ、ガザ地区の生活基盤は壊滅的な打撃を受けているが、なお戦闘は終結していない。イスラエルは、ハマスを壊滅させるための戦いであり自衛の戦争であると主張している。
しかし、3万人以上が殺害され、子どもや女性の死者も多い。ヨルダン川西岸でもイスラエル人の入植が進み、パレスチナ人を追い出し、居住している者も日常的に脅されるなど抑圧的状況が続く。シオニズムという植民地主義の帰結と見ざるを得ない。このような事態を国際社会が長期にわたって見過ごしているのは異様である。なかでも、米国が友好関係にあるイスラエルの暴力を抑えるどころか、逆に支えているのは驚く。
これに先立ち、米国は正当な理由のない2003年のイラク侵攻とその後の統治の失敗、01年からの軍事侵攻によって打ち立てたアフガニスタンの政権の崩壊と同地域からの撤退で威信喪失を重ねてきた。冷戦期以来、自由と民主主義を広め、人権を守るという大義を掲げることで、軍事力の背後に一定の精神的な影響力を保ってきた米国だが、21世紀に入ってそれは見る影もなく薄れてきている。
西洋近代が導いてきた自由と民主主義と人権の拡充は、宗教からの解放によってもたらされるという考え方がある。この考え方を世俗主義という。冷戦時代は米ソが代表する東西両勢力でこの考え方が力を持っていた。他方、近代文明の背後には西洋の精神的バックボーンのキリスト教があり、キリスト教を背後に持つ西洋文明が自由と民主主義と人権拡充を達成してきたとの見方もある。そのリーダーはキリスト教を背景にした米国だと受け止める人は多かった。
昨年10月以来パレスチナで進行する事態は、そうした米国の威信を失墜させ、世界の近代化を押し進めてきた西洋文明そのものの精神的基盤への疑いも強めている。攻撃的な植民地主義と世俗主義やキリスト教が切り離せないものだったという認識は強まっている。
キリスト教福音派ではユダヤ人によるイスラーム教徒排除を支持する考え方(キリスト教シオニズム)が有力だ。これは世俗主義の持つ攻撃性、キリスト教の攻撃性、さらには過去の諸文明を支えた諸宗教の持つ攻撃性にも疑いを投げ掛ける。中東での暴力と人権侵害を抑えることができない国際社会は、現代世界における宗教の在り方についても、解きほぐすことが容易でない難問に直面していると考えるべきだ。宗教界が平和のため今こそ応答すべきである。