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信教の自由と政教分離 ― 近代日本の宗教≪5≫(2/2ページ)

駒澤大名誉教授 洗建氏

2017年3月2日

これは日本国憲法に引き継がれ、信教の自由は人権の筆頭項目として「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」(第20条)と、無条件、かつ日本に在住するすべての人にこれを保障した。人権は不可侵の自然権であるが、他者の人権も同様であるから「国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」(第12条)とされ、他者の権利を侵害しないことが唯一の人権行使の制約条項であり、国家の都合や政策によっては侵されないものとされた。

このような保障を現実のものとするには、国家が宗教の領域に介入、干渉することを許しては不可能となるので、第20条第1項後段、第3項、第89条で政教分離の制度を設けた。これはアメリカ型の政教分離を導入したものである。政教分離原則には、大まかに分けると、アメリカ型とフランス型がある。全く異なる歴史的経過を経て生まれたので、その理念にもかなりの違いがある。

アメリカでは信教の自由を確保する制度とされたので、ウッダードによれば「アメリカでは政教分離は信教の自由とほぼ同義のものと考えられ、区別して用いない人が多い」という。一方、フランスではフランス革命以降も王政が復活するなど、紆余曲折があった。共和制を確立するため、国家から宗教の介入を排除する目的で分離したので、反教権的性格を持ち、国家のライシテ(世俗性)の原理と呼ばれる。日本国憲法制定時に田中耕太郎はアメリカ型を友好的分離、フランス型を非友好的分離と呼び、日本はアメリカ型を導入するものであると説明した。

日本で最初の本格的な政教分離訴訟となった津市地鎮祭違憲訴訟で、最高裁は政教分離の抽象的、一般的説明として「国家の非宗教性ないし宗教的中立を理想とするものである」と述べている。フランスでは「公立学校という公共空間で、イスラム女性のかぶり物(ヒジャブなど)やカトリックの十字架などを着用する」のは、世俗国家(ライシテ)の原理に反するとして、これを禁止した。しかし、日本における国家の非宗教性とは、宗教的中立を意味し、それは宗教間の中立ばかりではなく、宗教と世俗の間でも中立であることを意味するから、世俗主義に与するわけではない。

たとえば、「公営の墓地などで利用者が宗教的法要などを行ったり、武道館などの公共施設を宗教団体の集会に貸し出しても、墓地が無宗教の人の葬儀も差別なく受け入れ、市民の利用を目的とする公共施設を世俗の市民団体と全く同じ条件で貸し出す」のであれば、その公共空間の宗教的中立性は侵されていないので、政教分離に違反しないと解されている。

しかし、政教分離が制度である以上、それぞれの社会の歴史や社会慣習と複雑に関わるので、何が禁止され、何が許されるのかという具体的事案に関しては、必ずしも自明ではなく、個別の事案ごとに判例を積み重ねていく必要があり、その定着はまだ途上にあるといわなければならない。

しかも、信教の自由がバチカン市国や世俗憲法を持たないサウジアラビアなどの特殊な例外を除けば、ほぼすべての国に受け入れられており、きわめて普遍的であるのに対して、政教分離は現在のところ、それほど普遍的であるとは言えないことから、日本の伝統に合わないとして、政教分離の廃止を目指す一部の勢力も存在する。

しかし、信教の自由を求める戦いによって「信仰する権利は国家をこえた自然権である」ことが認められ、その考え方が近代自然法思想に継承されて、不可侵の生得人権を持つ個人の尊厳、自由で自立した個人の契約による国家統治の思想、つまり近代民主主義の思想が生み出されて来た歴史を思えば、近代的市民権の根底にある信教の自由を保障する上で、国家権力の宗教的中立の要請は必然のものであり、今後とも大切に守り育てて行く必要がある。

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