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遺族、悲しみから回復への道程―地下鉄サリン事件から25年①(2/2ページ)

地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人 高橋シズヱ氏

2020年9月24日 11時31分

総合調整役だった井上嘉浩は、一途にのめり込む性格を麻原に上手く利用されていたと思う。最多の被害を出した日比谷線でサリンを撒いた林泰男は、控訴審で、麻原が事件について説明しないと自分でも納得できず被害者に謝罪の手紙が書けない、と言った。私は傍聴席から怒りの言葉を投げつけて法廷を後にしたが、今となってみれば、警察がオウムの捜索にもたついていた不手際に納得できなかった被害者や遺族が、事件後すぐにオウムへ怒りの気持ちが及ばなかったように、多くの弟子たちが良心からの謝罪ができなかったのは、麻原の破廉恥な態度に原因があったのだろう。被告人一人一人の言葉に聴き入り、傍聴席から息を凝らして刑事裁判を受ける息子たちを見守る両親らを見て、夫とは別次元の「オウム真理教の被害者」たちに複雑な感情を持つようになった。

裁判を傍聴したことは、事件を客観視できるようになった要因の一つだった。殺人、殺人未遂などオウムが起こした事件は数知れず、何人かの遺族や被害者と傍聴席で一緒になり、言葉を交わすようになった。夫の名前が出たり悲惨な場面の証言などで辛いときに、そっと寄り添って話を聞いてくれた江川さん。裁判の内容がわからないときに親切に説明してくれた記者や弁護士。そういう人たちの支えや後押し、交流があったからこそ、麻原の死刑判決確定までの10年以上、さらには、逃亡していた信者の最後の刑が確定した2018年1月まで、傍聴を続けることができた。

オウム事件は日本社会に大きな変化をもたらした。地下鉄サリン事件は、大都市の一般市民を化学兵器サリンで攻撃したテロ事件だった。オウム真理教は世界のテロ組織として名を連ね、国内ではサリン防止法や団体規制法の制定、テロを想定した訓練など、危機意識が高まった。刑事司法にも影響を与えた。当初、裁判は20年、30年かかるだろうと言われていた。これを憂い、02年に小泉元首相が裁判の迅速化を求め、09年から裁判員制度が始まった。犯罪被害者にも光が当たるようになり、犯罪被害者等基本法が施行され、様々な支援を受ける権利が認められた。刑事裁判における被害者参加制度もその一つだ。

被害者の会の活動の最も大きな成果は、テロ事件の経済的被害者救済が実現したことだ。事件から13年後の08年に成立したオウム真理教犯罪被害者救済法によって、国から被害者に給付金が支給された。私は被害者の会の代表世話人として、犯罪被害者の権利や利益につながるよう、国会の法務委員会や関係省庁の検討会、各政党のプロジェクトチーム等で意見を述べてきた。このような活動が成果となって実現したことは、被害回復に大いに役立った。あってはならないことだが、今後テロ事件が起きたときに、オウム事件のように被害者が13年間も苦しみ続けることなく、迅速に被害者救済が図られることと思う。

オウム事件を考える上で「死刑」は避けて通れない。13人の死刑が確定してから、被害者の会は死刑執行に関して、死刑囚に面会することや執行に立ち会うこと、あるいは執行の連絡を直接受け取ること等の要望を、法務大臣に何度も提出していた。死刑存廃を議論する前に、死刑の現状を知ることが必要だと考えたからだ。他にも、絞首刑の残酷さや、執行後に遺族の「死刑になったからと言って殺された家族が戻るわけではない」などの発言、被害者が裁判に参加できるようになったのに、死刑や死刑囚に関しての情報が閉ざされていること等々、課題は山積している。

オウム事件から得られる教訓はたくさんあったはずだ。裁判では争点が絞られ、立証の過程で証言される情報や事実は限られている。台湾出身で、アメリカの科学者アンソニー・トゥ氏は中川智正元死刑囚に面会し、教団内での化学・生物兵器製造の動機、過程、組織、製造物の使用方法などを中川から聞き出し、テロ対策の研究に役立てている。日本の科学者や心理学者、宗教、犯罪学、法律、医療などの専門家も、法務省の慣習という厚い壁に屈することなく、面会を要望してほしかった。私も遺族として話をしたかった。

18年7月、裁判でほとんど語ることがなかった麻原は論外として、弟子たち12人の死刑が執行されたことについては、「平成決着」が一部で報じられたように、どうして性急に執行したのか、納得いく説明はなかった。提出していた要望のうち、唯一、執行後に法務省から直接連絡を受けたことは、わずかな手応えながら、最初の一歩になった。

オウム真理教が「Aleph」や「ひかりの輪」などに名称を変えて、日本各地に31カ所の拠点を構え、麻原の教義の下、宗教活動を続けている。教団の閉鎖性と信者獲得の巧みな勧誘、そして被害者への賠償そっちのけで13億円近くを蓄財していることには、誰もが恐怖心を持っている。地域住民の反対運動が盛んであるにもかかわらず、公安調査庁によると青年層の入信も多いという。これは初期のオウム真理教を彷彿させる。カルトは社会環境や人間関係の荒廃に付け込み、忍び寄ってくるものだ。いままさに、コロナ禍の自粛要請による様々な困難と疲弊に直面している。私たちはもっと地域社会や隣人に関心を持ち、これまで積み上げてきた被害者支援、自殺対策、虐待やいじめ、差別への対応を後退させてはいけないと、心底思う。

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