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先祖崇拝と政教分離(1/2ページ)

駒澤大名誉教授 洗建氏

2021年4月8日 10時13分
あらい・けん氏=1935年、ソウル市生まれ。早稲田大卒、東京大大学院博士課程満期退学。文化庁宗務課専門員、駒澤大教授を経て同大名誉教授。専攻は宗教学、法と宗教。著書・編著に『宗教と法制度』、『国家と宗教―宗教から見る近現代日本』(共編)。
1 最高裁判決

儒教の開祖孔子を祀る孔子廟に那覇市が公有地を無償提供したことは政教分離違反、とする最高裁の判断が2月24日に示された。判決そのものについては報道以上の詳しい事実関係を調べたわけではないので、おおむね妥当な判決であろうという感想以上のことを申し述べることはできない。しかし、儒教に関する初めての政教分離判決であり、「宗教的活動」に関する司法判断に違和感を抱いた人もかなりいると思われる。この点について少し論じてみたい。

2 儒教と先祖崇拝

徳川時代には朱子学は幕府の官学とされ君臣の規律、為政上の規範とされてきた。また、中国生まれの思想らしく現世中心の教えなので、今でもこれを宗教とは認識しない人が少なくない。宗教学は儒教を宗教研究の対象としてきたが、東洋哲学者の中にも儒教は政治哲学以外の何物でも無いと言い切る人さえいる。

日本の伝統でも「神儒仏の三教」として、人間の生き方に関する教えを説き、神道や仏教と類似したものとする認識はあった。ただ、キリスト教やイスラームまで包括する類概念が日本語になかった。そのため、religionの訳語として「宗教」という言葉が新しく作られてからは、「宗教」といえば自分たちの生活になじんだ神仏とは別のものとする感覚が生まれたものと思われる。宗教の語でキリスト教や新宗教をイメージしても、神社の祭りや寺院の墓参りなどは、いわゆる宗教とは違うとする感覚は今なお残っているように思われる。そのような感覚を持つ人には儒教を宗教として政教分離の対象とすること自体、違和感を与えることになるかも知れない。しかし儒教は日本人の宗教生活の根幹にある「先祖崇拝」を中心とする宗教なのである(加地伸行『沈黙の宗教―儒教』などを参照)。

3 日本人と祖先崇拝

日本人の宗教意識を調査すると「自分は無宗教だ」と答える人が最も多い。しかし、そのように答える人でも正月には初詣に行き、お盆には先祖供養を行い、春秋の彼岸に墓参りに行く人が多数派である。今では先祖供養の儀礼は主として仏式で行われているので、儒教は関係ないと思う人もいるだろう。しかし、寺院が葬儀に関わるようになったのは室町時代以降とされている。本来仏教は実体としての霊魂の存在は否定する宗教なのである。祖先崇拝は日本人が仏教以前から持っており、仏教はこれと習合することで、庶民の間に定着したというべきだろう。

日本人の先祖崇拝の起源は断定できない。日本固有の神道も「敬神崇祖」を掲げており、起源において中国の影響を受けているか否かは、何とも言えない。しかし、仮に先祖崇拝自体が日本固有の起源を持つとしても、様々な点で儒教の影響を受けたのは否定できない事実である。

皇室の代替わりの儀式手順、服喪規定などにも儒教の色濃い影響を見て取ることができる。一般人も先祖の祀りは仏壇に位牌をおいて拝礼するが、位牌に霊が降臨するという考え方も儒教に由来する。儒教では死者の霊には魂と魄があり、魂は死後天上に昇り、子孫が祀る時に位牌に降臨するのに対し、魄は死後も地上に止まり、子孫の行状を見守ると考えられている。「親が草葉の陰で泣いている」という諭しの言葉などは庶民の間にも広く伝わっている。

このように日本人は長い歴史を通して、君臣間の秩序を律する政治的思想や家庭内の道徳としての儒教ばかりではなく、先祖祭祀儀礼を中心に宗教としての儒教に深く関わってきた。むしろ、先祖崇拝は神儒仏渾然一体となり、日本人の生活に最も密着した中心的宗教になったといって良いだろう。

ただ、儒教には他の宗教のような教団組織ができなかったので、宗教であると認識できない人が多く、それが政教分離原則に違反するとした判決に違和感を抱く一因となっているのであろう。

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