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フランスにおけるセクト規制(2/2ページ)

山形大教授 中島宏氏

2024年9月3日 10時45分

なお、日本においても言及されることのある「10の基準」については、ブラックリスト方式に代わるものとして、2005年首相通達に「基準群」としてのみ言及がある。「10の基準」は、①精神的不安定化、②法外な金銭要求、③元の生活からの引き離し、④身体の完全性侵害、⑤子どもの加入強要、⑥反社会的説教、⑦公序侵害、⑧裁判闘争の乱発、⑨通常の経済流通経路からの逸脱、⑩公権力への浸透の企て、から構成され、元々は内務省中央総合情報局(当時)が作成し、1995年の議会報告書が紹介したものである。この基準は、団体が持つセクト的な危険性ないし性格を示す指標であって、セクトそのものの定義ではない。また、セクト規制法がこの基準を採用しているわけでもない。ミヴィリュードが内部基準として使用しているとされるが、その運用実態は必ずしも明らかではない。この基準については、いくつ該当すればセクト的といえるのか不明確ではないか、ほとんどの宗教団体は該当するのではないかなどの批判がある。

ヨーロッパ人権裁判所における敗訴と会計院からの批判

一方、セクト規制法制定10周年の2011年、フランスのセクト対策はヨーロッパ人権裁判所における敗訴という大きな打撃を被った。1995年の議会報告書の公表を受け、フランス政府は96年、「セクト解体・解散の第一歩」(予算相答弁)としてエホバの証人に対して遡及的な課税を行った。この課税は、それまで無税だった信者の手渡し献金に対して租税法の解釈を変更して行われたものであり、約4500万ユーロという巨額のものであった。

ヨーロッパ人権裁判所は、本件における解釈変更と課税について、エホバの証人側に合理的な予測可能性を提供するものとはいえないとして、信教の自由を保障するヨーロッパ人権条約9条違反を認めた。フランスにとって条約9条の領域における初の敗訴であり、既に納付されていた637万ユーロが返還されることになった。本件は、セクト対策の転換以前の対応が問題となった点を割り引く必要があるとはいえ、事実上、フランスのセクト対策に大きな影響を与えたことは否めないように思われる。

さらに2017年、会計院からミヴィリュードに対して厳しい批判がなされた。これは09年から15年のミヴィリュードの活動に対する監査報告として行われたもので、①責任の所在が不明瞭な組織構成、②職員の士気の低さと活動の停滞、③組織評価の欠如、④セクト被害者支援団体に対する不透明な公金支出、などの問題点が指摘され、首相府直属ではなく内務省への移設を推奨するものであった。

このような批判を受けて、18年10月以降、ミヴィリュードの本部長が任命されない状態が続いた。また、19年10月にはミヴィリュードの内務省移設が発表され、セクト被害者支援団体や政治家からミヴィリュードの「解散・消滅」ではないかという強い反発が生じた。結局、20年にミヴィリュードは内務省に移設され、本部長、事務長、事務局、執行委員会を廃止し、方針決定会議のみの組織として存続することになった。人員も30人規模から4分の1に削減された。このようにみると、「庁」レベルの組織から、内務省の一部局に「格下げ」された印象は否めない。

セクト対策の再スタート

一方で、コロナウイルス禍の期間中、ネットを媒介として小規模のセクトが増加したとされる。特にコロナが治ると称して偽医療行為を推奨し、あるいは反ワクチンの主張を喧伝するセクト的活動が問題視された。このようなセクト現象に対応するため、21年4月、予算増額を含むミヴィリュード再強化策が打ち出された。さらに、24年5月、「セクト的逸脱対策強化・被害者支援改善法」が新たに成立した。

新法は、国務院から「現行法による対処が可能」と指摘されつつも、「病気に罹患した人に圧力や詐術を繰り返し用いて治療・予防のための医療措置の実施を断念・中止するようそそのかす行為」を処罰する治療断念・中止教唆罪を新設した。また、「身体的・精神的健康を著しく悪化させ、又は重大な損害を与える作為・不作為を導くために、人を心理的・身体的服従状態に置き、その状態を維持した者」を処罰する服従状態不法利用罪も新設した。

さらに、これまで大統領の行政命令で定められていたミヴィリュードの設置目的を、新法に直接規定し、学校におけるセクト対策強化のため国民教育相との連携を目的に追加した。いわば「格下げ」状態にあったミヴィリュードは、アフターコロナにおいて復活・再定位の機会がやってきたといえる。

以上のように、フランスにおけるセクト規制も一貫して活発だったわけではない。むしろ近年は停滞していた感さえある。その背景には、セクト対策推進派と慎重派のせめぎあい、ヨーロッパ人権法による統制、フランス政府の関心低下といった要素がある。フランスにおけるセクト対策のあり方を参照する際には、転換、停滞、復活といった浮き沈みもよく観察する必要があるのではないか。新法制定の動向についても、継続的な分析が必要である。

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