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第22回「涙骨賞」を募集
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『卯花日記』と安寧天皇陵(2/2ページ)

成城大教授 外池昇氏

2025年4月25日 11時10分

ところがその直後に、長道は「里人」に話しかけられる。それは「安寧天皇の御陵は此処にハあらす、(吉田)村の東南に鳥居有て御祠有」、つまり、長道がそこと定めた所(「はなかけ山」)は安寧天皇陵ではなく、吉田村の東南の「鳥居」と「祠」のある所、すなわち「安寧山」が本当の安寧天皇陵だというのである。それでも長道はその「里人」に問うて、吉田村の東南の神社、すなわち「安寧山」には「公」(幕府)からの「制札」もたてられているとの答を得たが、なお不満が残り、吉田村の「村長」の卯兵衛にさらに説明を求めた。すると卯兵衛は「古記文書数通」を示しつつ、次のように説明した。

①「元禄10(1697)年の公文」
 安寧天皇陵は「字はなかけ山」といい、吉田村からは西北に当たり、「御陰井」の北にある。元禄の頃に幕府から「仰言」があり、代々の天皇陵を実地に調査し、天皇陵には垣を結いまわし、牛を飼い草を刈り木を切ることを禁じる制札を立てた。

②「享保17(1732)年5月19日の文書」
 (安寧天皇陵は吉田)村からは東南にある。

③「文化4(1807)年8月の文書」
 (安寧天皇陵の所在地は)「今」の「宮居の所」(吉田村の東南の地)である。

これによれば、元禄の修陵で安寧天皇陵とされたのは紛れもなく「はなかけ山」の方である(①)。それが遅くとも享保17(1732)年5月までには「安寧山」に変更され(②)、そしてやはり遅くとも長道が安寧天皇陵を求めて吉田村を訪れた文政12(1829)年4月まではそれが維持された、ということなのである。

卯兵衛はこのような複雑な経緯を根拠となる史料を示しつつ、長道に説明したのである。それにしてもこの何とも手慣れた対応と準備の良さは、時折はこのような説明をする機会があったのであろうと思わせるほどである。

さて、この卯兵衛の説明は、長道にはどのように聞こえたのであろうか。元禄の修陵の当時には安寧天皇陵は「はなかけ山」であったとすれば、長道にとっては満足すべきことである。しかし後年それは覆され「安寧山」が安寧天皇陵となったというのである。その感慨を、長道は『卯花日記』にこのように記す。

「かかる事より物のたがひゆくさま、いともくちをしきことにて、なげかはし事云ばかりなし」

このような安寧天皇陵変更は、長道にとっては物事が本来のあり方とは違っていく様として捉えられたのである。若い頃は近隣の今井町で過ごし、その後故郷を離れてからも天皇陵への関心を持ち続けた長道ならではの感慨である。

以上が『卯花日記』に記された安寧天皇陵をめぐる動向の概要である。それにしても安寧天皇陵の場所の変更の理由がわからない。いったい何を根拠に元禄の修陵では「はなかけ山」が安寧天皇陵とされたのであろうか。そしてどんな事情によって安寧天皇陵は「はなかけ山」から「安寧山」に変更されたのであろうか。それについては未だそれを解明する手懸かりを得ていない。

それでは今日では安寧天皇陵は「安寧山」と「はなかけ山」のどちらとなっているのであろうか。それは何と「はなかけ山」なのである。もちろん、安寧天皇陵は幕末期になされた文久の修陵以降に改定されていないから、文久の修陵において再び「安寧山」から「はなかけ山」に戻されたことになる。文久の修陵におけるこの安寧天皇陵の改定は大変興味深い問題であるが、今はそれを述べるだけの余裕がない。近世における大和の天皇陵を知るための史料として『卯花日記』がいかに貴重かということの一例をここに挙げ得て、筆を擱くことにしたい。

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