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《「批判仏教」を総括する➁》現象主義的縁起説と基体説(1/2ページ)

東京大名誉教授 末木文美士氏

2025年9月26日 09時15分
すえき・ふみひこ氏=1949年、山梨県生まれ。東京大大学院博士課程中退。博士(文学)。東京大・国際日本文化研究センター名誉教授。仏教学、日本思想史専攻。著書に『日本思想史』(岩波書店)、『近世思想と仏教』(法藏館)、『草木成仏の思想』(サンガ新社)、『道元 実践の哲学』(角川選書)など。
「縁起説」対「基体説」

思うに、松本史朗氏が『縁起と空――如来蔵思想批判』(大蔵出版、1989)で提示した縁起説対基体説という対立図式はきわめて適切なもので、時代を経ても色褪せないものを持っている。その後、袴谷憲昭氏や松本氏が展開した様々な活動の理論的な根拠は、ある意味では単純な本書の図式でほぼ完成されているとも言え、その図式の応用範囲はきわめて大きいものがある。松本氏によれば、もともとの仏教の縁起説は、無基体的な現象の時間的連続であり、そこでは危機的な時間を生き抜くことが求められるという。

私はいま中谷英明氏の科学研究費の研究プロジェクト「最古の仏典『八群品』の研究」(課題番号23H00566)の研究分担者に加えて頂き、氏の研究成果をうかがってきた。氏によれば、仏典の最古層は『スッタ・ニパータ』の「八群品」であり、その教えは五位相二様態の意識の構造にまとめられるという。二様態というのは潜在様態と顕在様態であり、それぞれが五段階を経て、認識から行為に展開するというのである。氏によれば、ニッバーナ(涅槃)というのは、決して煩悩を滅しつくした状態ではなく、常に無自覚の利己心を払拭し続けることだという。

中谷氏による「八群品」の理解は、松本氏の縁起説と近いものがあるように思われる。いずれも基体的な実在を認めず、現象する作用の因果関係のみを認め、解脱とか涅槃という形での現象世界からの超越も否定し、現象世界の中で不断の実践を求めるというのである。もちろん二人とも初期仏教の思想を分析しているのであるから、近似していても当然とも言えるが、涅槃による苦なる世界の超越をも認めないというのは、確かに非常に徹底した態度のように思われる。

このような初期仏教の理解が適切かどうかは、専門家の検証に委ねたいが、松本氏が指摘するように、それと全く異なる「基体説」とも言うべきタイプの思想が、同じ仏教という名のもとに展開しているのも事実である。松本氏の図式では、縁起説に対立するものとして、すべてひっくるめて基体説としているために、その具体相が明確になっていないように思われる。とりわけ東アジアの仏教を考える時には、基体説的な仏教のあり方に立ち入って、さらに検討し、その思想の構造や可能性を考えることが必要である。しかし、松本氏や袴谷氏の論が「批判」という形で強烈なインパクトを持ったために、従来型の仏教を弁護する論者たちは、「如来蔵思想も仏教だ」という消極的で受け身の論に終始し、基体説的な理論の可能性に積極的に立ち入って検討していないのが実情である。

中谷氏の科研の分担者として私が進めている研究は、初期仏教の現象主義と全く逆の基体説的な思想の中でも、ある意味ではもっとも極端な説を『釈摩訶衍論』において見出し、その思想の系譜上に空海や安然の密教を捉え、ひいては本覚思想にも及ぶのではないかという見通しの下に、その流れを実証したいというものである。それによって、仏教という名のもとに展開する思想の両極、即ち現象主義的縁起説と基体説のうち、後者の思想構造を明確化することができるのではないか、と考えている。

『釈論』日本での受容

『釈摩訶衍論』(『釈論』)は、伝馬鳴作『大乗起信論』に対する龍樹による注釈書とされる。『起信論』の成立がじつは龍樹よりはるかに遅れ、中国撰述説が有力になっている以上、『釈論』の偽書たることは明らかである。本書の偽書説は、本書が日本に齎された奈良時代にすでに提出されている。にもかかわらず、空海が重要な箇所でしばしば用いていることから、真言宗系統では研究が継承されている。しかし、それ以外では怪しげな偽書とされてはじめから問題にされず、本書の研究はきわめて遅れている。

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