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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

日本人の「列島的宗教性」 ― 豊かな風土が生んだ「多神教」(1/2ページ)

思想家・凱風館館長 内田樹氏

論2015年10月16日
うちだ・たつる氏=1950年、東京都生まれ。東京大文学部仏文科卒業。東京都立大大学院人文研究科博士課程中退。神戸女学院大名誉教授。思想家、武道家、翻訳家。『日本辺境論』『呪いの時代』『街場の戦争論』など著書多数。

ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教という3種の一神教と日本の宗教の違いはどこにあるのかということをこのところ考えている。直接には、イスラーム学者の中田考先生からムスリムの生活倫理としての「歓待」と「喜捨」についてご教示頂いたことがきっかけである。

ムスリムの国では、タクシーの運転手がペットボトルから水を飲んでいるのを乗客がじっと見ていると、「飲むか?」と振り返ってペットボトルを差し出すそうである。それは別に彼の例外的な善意や愛他主義によるのではなく、そういうふるまいが生活規範として人々のうちに深く身体化しているからだと中田先生は言われる。飢えたもの、渇いたもの、病み、疲れたものに対しては無条件での歓待と喜捨がなされねばならない。それがイスラームの教えである(その教えはタクシー運転手が客から運賃をぼったくることは必ずしも妨げない)。

「歓待と喜捨」の倫理は三つの一神教にどれにも共通するものであるけれど、それは一神教が生まれたのが中東の不毛の荒野だったことに深いところでつながっていると私は思う。

一神教はいずれも「寡婦、孤児、異邦人」に対して無条件の歓待を命じる。それはおそらく、苛烈な自然の中で暮らす遊牧民たちにとって、保護者も仲間もいない状態で異邦をさまようことは実際に身に起こる蓋然性の高いリスクだったからであろう。飢え、渇き、疲弊し果ててようやくオアシスの幕屋を見つけて一夜の宿を求めたとき、旅人を歓待するかどうかが幕屋の主の善意の存否によって決すということでは旅人は困る。ことは命にかかわる。だから、荒野の遊牧民は歓待されることを前提に暮らせるように生活規範を構築した。歓待は善意の過剰によってではなく、日常生活の「当然」でなければならない。それは歓待の有無が生き死にに直接かかわる生活を彼らが送ってきたからである。

翻ってわが国はどうか。「歓待と喜捨」は本邦では例外的美徳である。現に、それはいずれも漢語であって、同義の適当な「やまとことば」を私は知らない。

「一見さんお断り」

能の曲の多くは旅の僧が見知らぬ土地で一夜の宿を借りるところから始まる。その中で、一夜の宿を乞うたときに宿主が「どうぞ」と即答するという物語は私が知る限り一つも存在しない。旅人は必ず門前払いを食う。「あまりに見苦しく候程に、お宿は叶い候まじ」と断られる。

『鉢木』では主人は大雪で行き暮れている旅人を吹雪の中に追い返しさえする。もちろん、いずれの曲でもその後に宿の主はのちに翻意して一夜の宿を提供する(そうでなければ能の物語は始まらない)。

だが、それにしても「一見さんお断り」が日本の場合はデフォルトなのである。能を見始めてしばらくして、そのことに気づいた。「なぜ日本では『原則歓待』ではなく『原則お断り』なのだろう」。「おもてなし」とか言っているが、全然違うではないか。

別に中東の一神教徒がとりわけ情に厚く、日本列島の住民が非人情だとは思われない。違う理由はおそらく別のところにある。

日本列島の自然環境は人間にきわめて親和的である。温帯モンスーンの温暖湿潤なこの列島は深い照葉樹林に覆われ、水が豊かで、植物相・動物相が多様である。中東の荒野とは自然環境が決定的に違う。それがおそらく歓待の切実さの違いになって出てくるのではあるまいか。一夜の宿を断られても「行き暮れて木の下蔭を宿とせば 花や今宵の主ならまし」と一首詠ずるほどの余裕が列島住民にはあったということである。これと同じ雅趣の詩歌が果たして一神教の発祥の地に伝えられているかどうか私は詳らかにしない。

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