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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
第22回「涙骨賞」を募集
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第22回「涙骨賞」を募集

東日本大震災の復興支援から学んできたこと(2/2ページ)

高野山大教授 井上ウィマラ氏

2016年3月4日
サイコロジカル・ファーストエイド

JDGSでは認知行動療法による複雑性悲嘆の治療研究の第一人者であるM・K・シア博士を招いて研修会を開いた。認知行動療法はそれなりの構造と場を必要とする。傷痕の生々しい被災地を歩いてみると、しっかりとした治療構造と場を確保する余裕のない現場における適用の限界を感じさせられた。

混乱した修羅場では、誰でもが持ち運べるように身に着けておける技のようなもの、その人の器や人格の一部になってしまっているメタスキルのようなものが役に立つ。刻々と変化するニーズに応じて様々な対応をする中で、何をしていたとしても、その行為に込めた心づかいの中にこそ心のケアの要素があるのだ。

その意味で『災害時のこころのケア:サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き』の出版は時宜にかなったものであった。衝撃直後の緊急時に、カウンセリングではなく、情緒的な支援を提供するために必要なことがわかりやすく書かれているからである。

あいまいな喪失

津波被害では1万6千人近くの死者と多くの行方不明者が出、今でも行方がわからない人の数は2500人を超える。その家族への支援の在り方を模索するためにJDGSでは「あいまいな喪失」の治療・研究の第一人者であるP・ボス博士を招いて研修会を開いた。

あいまいな喪失には、心理的にはまだ存在しているが身体的には不在になってしまった「さよならのない別れ」と、身体的にはまだ存在しているが心理的には不在になってしまった「別れのないさよなら」の二つのタイプがある。今回の津波による行方不明や放射能汚染による避難から生じる家族の離散などは「さよならのない別れ」であり、認知症や家庭内別居やワーカホリックなどは「別れのないさよなら」に分類される。

あいまいな喪失を癒やしてゆくためのガイドラインとして、ボス博士は次の六つの方針を示した。

1.「Aでもあり、Bでもある」という人生の眺め方を学び、自分を責めすぎずに人生を思い返せるようになり、人生の意味を見いだせるようにする。

2.人生を管理しなければならないという観念を和らげる。

3.愛憎など相反する両極端の感情が併存するのは人間として普通のことなのだと、アンビバレントな感情をノーマライズする。

4.失ったものを悼み、残されたものを祝することなどによって、心の家族と思えるような新しい愛着の形を見いだす。

5.「私は誰か?」「家族とは何か?」を再考して、アイデンティティーを再構築する。

6.不条理を笑い、答えのない問いを受けとめることで希望を見いだせるようにする。

こうしたアプローチは自分というものへのこだわりを緩めて宗教心やスピリチュアリティーを涵養してゆくことにつながる。また、次第に増えつつある認知症ケアに携わる家族を支援するためにも、「別れのないさよなら」という概念によって家族が疲弊してしまう原因を理解しておくことは必須であろう。私自身の個人的な体験からも、仏教における空や無我の実践的な理解が認知症ケアにかかわる家族の苦悩を和らげるために役立つことを感じている。

遺体への心配り

映画『遺体』は石井光太のルポルタージュが原作だが、遺体安置所という人目につかない場所で、ご遺体とご遺族にどのように接することが癒やしにつながるかについて描いた作品である。映画のモデルとなった千葉氏を大学に招いてお話を伺ったのだが、日常では向かい合うことの少なくなってしまった死に対して、どのように向かい合ってゆくことが命を大切にすることになるのかについて多くのことを教えて頂いた。

大量死時代を迎え葬儀も簡素化する傾向の中で、どのように死にゆくプロセスと向き合い、大切な人を亡くした悲しみを丁寧に感じきっていくことが思いやりのある社会を作ることにつながるのか。仏教者として教えの本質に立ち返る実践が試されるであろう。

三木清 非業の死から80年 岩田文昭氏10月27日

三木の思索の頂点なす著作 三木清(1897~1945)が豊多摩刑務所で非業の死をとげてから、今年で80年を迎える。彼が獄中で亡くなったのは、日本の無条件降伏から1カ月以上…

《「批判仏教」を総括する⑦》批判宗学を巡って 角田泰隆氏10月20日

「批判宗学」とは、袴谷憲昭氏の「批判仏教」から大きな影響を受けて、松本史朗氏が“曹洞宗の宗学は、「伝統宗学」から「批判宗学」に移行すべきではないか”として提唱した宗学であ…

《「批判仏教」を総括する⑥》縁起説と無我説を巡る理解 桂紹隆氏10月17日

「運動」としての批判仏教 1986年の印度学仏教学会の学術大会で、松本史朗氏が「如来蔵思想は仏教にあらず」、翌87年には袴谷憲昭氏が「『維摩経』批判」という研究発表をされ…

宗教法人の悪用防げ 信頼回復のための努力を(10月31日付)

社説11月5日

意思決定支援の試み その人らしさの重要性(10月29日付)

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社会的支援と宗教 救われると信じられるか(10月24日付)

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    長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
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